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久々の会話

「おっす」


 そう言って俺は片手を上げる。

 工場から雛子が自転車を押して退社してくるところだった。


 サングラスと厚手のコートで顔や体格は隠せている。

 誰もこんなところにプロ野球選手がいるとは思わないだろう。


 雛子は俺の前までやってくると、肩を落とした。


「なんだよ、随分なリアクションだな」


「安堵してるのよ。普通の挨拶してくれる人って貴重なんだから」


「? 良くわからんが、歩きながら帰るか」


「結構歩くよー」


「良いぞ。軽い会話には丁度いい」


 そう言って歩き始める。

 数年ぶりの再会。しかも相手は失踪同然。咄嗟に会話が出てこない。


「六華が随分心配してたぞ」


「日本帰ってるんだ?」


「政治家秘書として下積み中」


「へー、凄いじゃん。夢に向かって一直線だ」


「お前だって公務員になって公務員の旦那捕まえるって夢があっただろ」


「あー……」


 雛子は苦笑する。


「そんなこと言ってた時期もあったなあ。もう遅いよ」


「公務員は三十までなら試験を受けられたはずだが」


「遅いってこともないのかねえ」


「ないさ」


 再び、沈黙。

 どうしよう。本当に話し辛い。

 数年の溝が二人の間に大きく横たわっている。


「帰ってこいよ」


 雛子が立ち止まった。


「目的もない旅だろ? 帰って、公務員試験受け直して、普通に俺達と暮らそうぜ。俺達、家族だったじゃないか」


 雛子は目を細める。

 その瞳には、きっと共に暮らした歳月が映っているのだろう。


「懐かしいね。で、どうすんの? 結婚して幸せな夫婦の家に私の入る隙間はある?」


「俺ほとんど京都暮らし……」


「あー、刹那んとこにいるんだっけ。けど、皆そうだよ。君が結婚して、自分は邪魔だと思って身を退いた。エイミーだってそれがなかったらまだ残ってたはずだよ」


 原因は俺なのか。

 ずんと重く伸し掛かる事実。

 俺達は別に気にしなかったんだけどなあ。


「まあ、ほとんど嫁と息子の二人暮らしだから、お前の入る隙間はいくらでもある。帰ってこい。雛子」


「前向きに検討しておくよ」


 そう言って雛子は肩を竦めると、再び歩き始めた。

 絶対真面目に考えてないな、こいつは。


 わかりやすい態度に半ば呆れつつも、世話を焼くのをやめられない。

 俺と雛子はそういう星の下に生まれたのかもしれない。


「なんでそんなに帰るのを嫌う? 皆のこと、嫌いか?」


「好きだよ。皆大事な大事な私の家族。帰る家。けど、私だけなにもないじゃない」


「なにもない?」


 公務員だなんて堅実な仕事があったではないか。


「六華は政治家、岳志君は野球選手、あずきさんは声優、アリエルは歌手、刹那は家業、皆自分の夢を持ってて、着実に前進してる。私だけ停滞してた。あの空気はもう懲り懲りだ」


 歩き続ける。

 二人して、前を見て。


「私だけ日常にいるんだよ。皆キラキラしてるのに。その置いてかれた感が岳志君にはわかる?」


 俺は黙り込む。

 俺は目標を見つけたらそこに向かって一途になる癖がある。

 だから、雛子の躊躇いがわからない。


「わかんないだろうね。そういう人がきっと一流になるんだよ」


 雛子は再び足を止める。


「ともかく、私はこの旅でなにかを見つける。それまでは帰らない」


 結局、自分探しの旅か。

 いつまでも若くはないんだぞ、雛子。

 そうアラサーに差し掛かった俺は思う。


「悪くないと思うんだけどな。こじんまりとした暮らしも」


「それに耐えきれる人間だったらこうなってない」


「そうだな。冒険家なんていかにもお前らしい進路だったよ」


 そう言って俺は苦笑する。

 苦笑するしかなかった。

 冒険家雛子。破天荒なこいつになんて似合う肩書だろう。


「じゃ、その話はここまでで」


 そう言って雛子は再び歩き始める。俺も止めていた歩みを進めた。


「本題に入ろうか」


 雛子が、真っ直ぐな目で俺を見た。

 俺も、一つ頷いていた。


「模造創世石。戦いはからきしで最終決戦も見てないお前でも名前は六華から聞いてるだろう?」


 雛子は、一つ頷いた。



つづく

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