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その願いを抱いてしまった

「君だったんだね」


 俺と瑠璃はアリエルの隠れ家を出て、二人夜空の下で並んでいた。

 瑠璃は俯いていたが、一つ頷くと、ポケットから黄金の石を取り出した。

 模造創世石だ。


「私の、お守りです」


「君が願った。だから、桐生光太郎はここまで昇りつめた。そういうからくりだったわけか」


「やっぱりこれは、願いを叶えてくれる石なんですか?」


「端的に言えばそうだな。けど、危険を呼ぶ石でもある。今回のような暗殺者や、持ち主を処分しようとする組織も存在する。今のうちに手放したほうが良い」


 瑠璃は模造創世石を強く握ると、胸の位置に持っていった。

 そして、一つ溜息を吐いた。

 少し、悩んでいるようだった。


「能登の震災と言ったね。時期が合わないな。シュヴァイチェが……その石がばら撒かれた頃には、震災が起きてから既に年単位で時間が経っていたはずだ」


「私の産まれは港町でした。液状化現象で電柱も家も傾き、徐々に人は出ていった。あの震災は外の人が思うよりも広範囲に被害を及ぼしていたんです。私の家でも引っ越そうかという話がチラホラと出始めた。そこである日見つけたのがこの石だった。そして、桐生先生がいらっしゃった」


「政治的パフォーマンスだ」


「それでも、私には救い神に見えた」


 瑠璃は抱くように模造創世石を胸に押し付ける。


「それからの私の人生は桐生先生のためにありました。桐生先生のために学び、桐生先生のために願い。奔放な桐生先生を正しい道に引き戻し続けました」


「そのために政敵が被害に合っても?」


「……まさか、そこまでこの石が力を持っているとは、半信半疑だったので……確信を持ったのは、ここ数年です」


「確信、持っちまったか」


「貴方と、会えましたからね」


 瑠璃は苦笑交じりに予想外の事を言った。


「俺と?」


「コンビニの小さな騎士騒動からのファンなんですよ、私。あの頃の貴方はけして体格に恵まれてなかった。けど、女の子を守るために包丁を持った相手に勇敢に立ち向かった。いつか会いたいと思っていた。それが、叶ってしまった。多分、この石は本当に願いを叶えてくれるのでしょう」


 俺は照れくさくて、言葉を失う。

 そっけない態度は照れ隠しだったか。


「貴方になら託せます。この石を。多分、上手く処分してくれるのでしょう」


「ああ、約束する。誰も悪用しないように、破壊するよ」


 瑠璃は、しばし手の中の石を眺めた。

 この模造創世石と共に歩んだ人生だったのだろう。色々な思いがあるだろう。

 しかし彼女は、それを手放した。

 俺に手渡した。


「取引条件があります」


「なんだ?」


「一日、私を恋人だと思って、デートに付き合ってください」


「……え?」


 思いもがけない台詞に、俺は硬直した。



+++



「はっはっはっはっはっは、それは災難だったにゃー」


 髪の毛をロングに伸ばしたアリエルが言う。

 閉店後のアリエルの隠れ家だ。

 店を借りた手前礼を言ってことのあらましを話したのだ。

 模造創世石は既にエドゥルフの手によって破壊されている。


「お前さんは老けないねえ」


「天使だからにゃ」


「羨ましいこって」


「けど岳志。大人のデートコースなんて知ってるのかにゃ?」


「正直遥とは学生時代の延長線上のデートしかしたことないし……大人のデートってどんなのなんだ?」


「最後はホテルにゃ」


 思わずアリエルの頭をはたく。


「ばっかやろう。それこそ醜聞だ。俺、これでも今は国民的知名度の野球選手なんだぞ」


「刹那と同棲してるのすっぱ抜かれた癖に」


 ぐうの音も出ない。

 アリエルはからからと笑うと、ウェイターに注文した。


「竜児、おかわり」


「あいよ」


 ウェイターはシェイカーを振り初めた。


「しかし懐かしいにゃね。昔も女の子を助けては惚れられてたにゃ、岳志は」


「……女難には気をつけろって六華にも言われた」


 アリエルはまた笑った。

 笑い事じゃないんだけどなあ。

 大人のデートってどんなものなんだろう。

 想像もつかなかった。



つづく

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