あちゃー
「これは打った瞬間にそれとわかる当たり! 軟式王子、いえ、今は硬式王子でしょうか。三年目にして完全に開花! 悠々とダイヤモンドを回っていきます。オリックスに貴重な一点が入りました」
「いやあ、適応しきったという感じですね。知名度先行のドラフトだとの批判もありましたがこれまで見事にそれを覆す活躍を見せてきました」
「私生活でも最近は長女が誕生とのことで」
「本人は海外志向あるんでしたっけ?」
「それについては濁しているようですが、この成績をこのまま維持できれば争奪戦は間違いないでしょう」
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『硬式王子またホームラン! オリの救世主や!』
『報道騒いでる中良くやるなあ。強メンタル』
『奥さんとは学生時代からだよね? やっぱ関東と関西で離れすぎると寂しくなったのかな』
『いや本人はあくまで親しい友達だって言い張ってるし』
『誰だって最初はそう言う。泳がせといて否定させてから追撃がくる。備えとけよお前ら』
『まあ今年のホームランキングは井上だな。守備範囲も広いし投手もやるしでようやるわ』
『大谷二世』
『まだ大谷の域には達してないよ。トリプルAで燻ってる斎藤の方が来年化けそう。ファーストのジェイムスがそろそろガタきてる』
『旧姓鬼瓦だっけ。一塁しか守れないのが痛いよなあ』
『アリエルとは結局なんでもなかったのか?』
『あずエルミーもめっきり見なくなったなあ』
『あずエルミーあったねえ。エイミーが頭二つも三つも抜けちゃったからもう同格って感じには戻れないでしょ』
『単純に忙しいのもあるんでない。今Vtuberだけやってるのあずきだけだろ。アリエルも歌手業本格的にやり始めて久しいし』
『で、結局このお相手の刹那ってのはどこから生えてきたんだ?』
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「ただいま~」
そう言って俺は六階道邸の門を開ける。
ダイニングに行くと退屈げに頬杖をついていた刹那が表情を華やかせた。
少女時代から綺麗だったが、ここ数年でまた一段と綺麗になった。
誰もが振り返るような、と言っても大袈裟ではない。
長い髪が揺れる。
「おかえり、岳志。ホームラン凄かったねえ。しかも二本。張り切ってるねえ」
「なんかいい感じに気が抜けてなあ。リラックスできてる。子供に会うのが待ち遠しいよ」
「すぐに行ってあげれば良いのに。今時東京への日帰りなんてできるでしょ」
「もうすぐ福岡へ遠征だし練習もあるし。輪は乱せないよ」
「そんなんだから不倫だーなんだーって言われるんだよ?」
刹那が苦笑交じりに言う。
「誰のせいだよ」
俺は六大学野球で三冠王を取った後、四球団競合の後オリックスバッファローズに一位指名された。
関西に住居を移すということで、住まいの提供に手を上げてくれたのが刹那だった。
確かに六階道邸は広い。トレーニングマシーンも置かせてくれるという。断る手はなかった。
「だってさー。あるじゃない。感情を抑えられない時って」
「お前こそ婚活どうなってんだよ。行き遅れるか前言ってたように無理やり見合いでっち上げられるぞ」
「だーってさ。好きになる人いないんだもん。同僚も皆弱っちいし。通常任務だって私が力の調節間違えると内臓破裂させちゃうから部下に指示するぐらいしかできないし……それだって今回の騒動で目立つからって自宅謹慎喰らってるんだけどね」
「自業自得だ」
ざまあみろ、とばかりに目を細めて言う。
「けど犬みたいに周りほっつき回ってる奴いるじゃん。あいつはどうだ? 可愛い後輩だろう」
「弱すぎる。私相手に三秒すらもたない。まあ一秒もつだけでもそこそこ見込みはあるけど」
吐き捨てるようにざっくりと切って捨てた刹那だった。
RPGで言えば魔王討伐パーティーに村の護衛が恋するようなものだろうか。
気持ちの問題だと思うのだけどなあ、と思うのだけど、刹那にとって結婚相手と強いことはイコールになっているらしい。
今や武神の域に達している刹那のお眼鏡に叶う存在など中々現れないと思うが。
「遥さんはどう? 怒ってない?」
少し不安げに刹那は言う。
「うちの嫁は理解があるからな。ハグした程度じゃ怒らねーよ」
そう、ここ数日世間を騒がしている醜聞。井上岳志不倫報道。
それは、実のところ、ただ遥の出産に浮かれた馬鹿二人がハグして喜びあったところを写真に収められたという情けないものなのだった。
エイミーの海外文化の影響受けてるな、と思う。
あいつが気軽にハグするものだから、日本との文化圏の違いをつい忘れているフシがある。
そのエイミーも今ではハリウッドの看板女優。
大手企業の大作にも起用されるなどの順調ぶりで、日本にはあまり帰ってこない。
あずきは十七歳を演じるのがそろそろ辛いとぼやく日が多い。視聴者も配信者もわかっている優しい嘘だ。
雛子は数年は公務員として務めていたが、旅に出てどこへ行ったともしれない。
六華は海外名門大学卒業後、大物政治家の秘書として下積み時代を過ごしている。
アリエルは宣言通り歌姫として活躍し、最近では全国ツアーなんて話もあるとかないとか。あまり話していなくて伝聞なので良く知らない。
アリエルと俺は元々傍にいれば喋るけど積極的に話に行くような間柄でもなかった。
無言でいても居心地が良かったのは事実だが。
そういうのを相棒というのかもしれない。
「で、福岡って言うとまた探すの?」
「ああ、探すよ。春先に行った時のホームラン。あれは挙動が明らかにおかしかった」
「つまりはそういうことだよね」
「ああ」
俺は頷く。暗澹とした気持ちを抱えて。
「模造創世石がある可能性がある」
シュヴァイチェが残した遺産。それと俺は、まだ戦い続けているのだった。
つづく




