俺と一緒に
アウラの月見癖は酷くなった。
最近は東京ドームへ連れて行ってくれとせがむこともなくなった。
俗世への興味も失い、ただ生きている。そんな感じだ。
ただ、パソコンを触らせてくれと言うことは時々あり、それで選手の成績などは追っているらしい。
言わずもがな、坂本選手の動向だろう。
ファンというのはそういうものだ。
俺は見るに見かねて、アリエルに相談することにした。
「アウラの奴、どうにかしてやることは出来ないのか?」
「どうにかするって、どうするにゃ?」
パソコンで美味しんぼを見ていたアリエルは、チェアを回転させてこちらを向く。
「だってよ。用事が終わったらまた封印って、可哀想じゃないか。変に俗世に慣れさせた分、寂しさは倍だろうし」
「俗世に慣れさせたのは岳志にゃ」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「けど、アリエルも今の状況を説明して、上に相談して貰えないかなあ」
「……いいにゃよ。相談するぐらいなら軽い話にゃ」
そう言うと、アリエルはパソコンのディスプレイに向き直った。
俺はそれで用事が終わったので、トレーニングルームに行ってその日のトレーニングをこなすことにした。
翌日の夜のことだった。
アウラはまた月夜を見ていた。
月を見て考えに耽っている。
答えは出ぬだろうに。
俺とアリスは、不安げにそれを眺めている。
言葉をかけたいのだが、上手い言葉が出てこない。
二人共、そんな状況だ。
そこに、女神が舞い降りた。
アウラは、目を丸くしてそれを見ている。
「アウラよ。現世に未練が出来たようですね」
アウラは黙りこくっている。
「ならば、シュヴァイチェ討伐の際には、恩赦として現世での自由を与えましょう」
「……妾は竜族の姫じゃ。仲間はどうなる?」
「竜族は、貴女の親族が継いでいくでしょう。貴女は、この世界で天命を全うすれば良い」
「しかし……姫たる者の責任が」
苦しげにアウラは言う。
「そんなもの、捨てっちまえよ!」
俺は思わず叫んでいた。
「岳志?」
アウラは、戸惑うように振り向く。
「坂本は現役はもう長くないかもしれない。けど将来の巨人軍監督だ。坂本監督の巨人軍を一緒に見ようぜ。もしかしたらその息子も野球をするかもしれない」
アウラは、惑うように視界を揺らす。
「見たくはないかよ」
「見……見たい……」
「結論は出たようですね」
女神は微笑む。
「ま、待て!」
アウラは慌てて振り向く。
「シュヴァイチェ討伐の際にはアウラ、貴女には現世にて自由を与えましょう。岳志の監視の下という制限付きではありますが。存分に自由を楽しみなさい」
そう言うと、女神は一方的に消えてしまった。
「ああ、行ってしもうた……」
アウラは、少し嬉しげに、そう呟いた。
「良いじゃねえか。俺と一緒に、老いようぜ」
「竜族の寿命は長い。死ぬのはお主が先じゃ」
「俺の息子や娘が、お前と一緒に生きるよ」
「そうじゃな。人間は紡ぐ生き物じゃったな」
アウラは、微笑む。吹っ切れたように。そして、月から目を逸らした。
「ならば、もう妾は姫ではない。ただの庶民じゃ。ならば、せねばならぬことがある」
「せねばならぬこと?」
その翌日の晩餐のことだった。
団欒の中で、アウラが立ち上がった。
「皆に伝えねばならぬことがある」
俺とアリスは微笑んだ。
皆は戸惑うように口ごもる。
「今まで妾は竜族の姫じゃった。皆に身勝手な振る舞いをした。詫びねばならぬと思う」
皆はますます戸惑うような表情になる。
あの居高々な姫が謝った? なにかの天変地異の前触れか?
「けど、妾は姫ではなくなった。シュヴァイチェ討伐のための仲間であり、庶民じゃ。我儘はできるだけ控えるから、仲間に混ぜてたもれ」
沈黙が漂った。
皆、戸惑うように顔と顔を見合わせている。
そんな中、あずきと遥は微笑んでいた。
「いらっしゃい、アウラ。これから、よろしくね」
あずきが言う。
「歓迎するわ、アウラ。対等の関係ならね」
遥が言う。
「あずきさんと六華が許すなら私はなにも言うことないけど……」
雛子は戸惑いがちに言う。
「私は許すわよ。私達は元々寄せ集めの家族。一人や二人増えたところどってことないわ」
六華は微笑んでいる。
「反対の奴はいないな」
俺は皆を見回して言う。
一同、頷いた。
「皆、ありがとう」
アウラは、微笑んだ。
その目の端には涙が浮かんでいた。
姫の時間は終わった。
これからは一緒に歳を取っていく、アウラという一人の少女がそこにはいた。
つづく




