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絶望の具現化

「絶望の具現化、ワーウルフ」


 アリエルが後退しつつ呟くように言う。

 ワーウルフと化した雛子が分厚い腕で俺の首を跳ねようとする。

 俺も腹を貫いている腕を抜いて、後退した。

 そしてクーポンを呼び出し、決闘のフィールドに転移する。


 血が吹き出し、目眩がする。

 ほっときゃ死ぬぞ、これ。


「ヒール」


 慌てて唱える。

 傷口は塞がった。

 しかし、寒気と震え、目眩は止まらない。


 そんな都合に配慮してくれるわけもなく、ワーウルフは俊敏な動きで飛びかかってきた。


「あんたは一緒にした!」


 右腕が振るわれる。

 短刀で受け流す。


「あんなミーハーと、あんなあんたに頼ったオッサン達と、私を一緒にした!」


 左腕が振るわれる。

 短刀で受け流す。


 いかん、目眩が酷くなってきた。


「いつかあんたと野球がしたいって、あんなに練習したのに! あんただけはわかってくれると思っていたのに!」


 俺の朦朧としていた意識がはっきりとする。

 ワーウルフの目に、涙が浮かんでいた。


 雛子。

 俺が何気なく言った言葉は、そんなにお前を傷つけていたのか。


「どうすればいい……」


 俺はふらつきながら問う。

 ワーウルフの動きが止まった。


「どうすれば、お前に償える?」


 ワーウルフは、しばし思案した。


「私のために、死んで」


 左腕が振り上げられる。鋭い爪が輝く。

 避けようと思うのだが、体が上手く動かない。

 走馬灯が見えた。


 あれはある野球の試合の時。

 全然打てなくてベンチでヘルメットをベンチに叩きつけた俺。

 頭からかけられた冷たい清涼飲料水。


「ちったあ頭冷やさねえと打てる球も打てなくなるぞ」


 先輩の言葉が脳裏に反響する。


 俺の意識は、はっきりと覚醒していた。


「クリエイトウォーター!」


 唱える。

 魔法はイメージ。イメージは形になる。


 冷水が滝のようにワーウルフに降り掛かった。


「冷静になれ、雛子!」


 ワーウルフの動きが、止まる。


「お前が本当に許せないのは、なんだ?」


 ミーハー女(幸子はけしてミーハー女ではないが)と一緒にされた。

 そんなことではここまで思い悩まないはずだ。

 本当の原因が、そこにはあるはずだ。


 ワーウルフは動きを止め、ゆっくりと腕を動かし、自分の手を見る。

 そのうち、再び盛大に泣き出した。


「認めたくなかったけど……私、自分の親と同じことをした」


 俺は黙って、ワーウルフ、いや、雛子の独白を聞く。


「あんたに、野球を押し付けてた。あんたと野球をセットにして評価してた。サイテーだよ」


「けどさ、雛子」


 俺は、優しく微笑む。


「出会ったきっかけが野球でも、俺がプロ諦めて屋台のラーメン屋になるって言っても、お前、もうついてきてくれるだろ?」


 雛子はしばし考えた後、微笑んだ。


「うん!」


「なら、可愛い雛子に戻ってくれよ」


「うん!」


 ワーウルフの肉体にヒビが入る。

 そして、悪霊は粉々に砕け散った。

 巨大な肉体から雛子が落ちてくる。


 俺はそれを抱きとめきれずに、後方へと倒れた。


「……案外貧弱?」


 雛子が意外そうに言う。


「貧血なんだ。救急車呼ばなきゃかも」


 誰かさんのせいで、とは流石に言えない。

 けど、流石に雛子は気づいたようだ。

 申し訳無さ気な表情になった。


「私のせいだね、ごめん」


 その表情が、しばし思案した後、幸せそうな笑みに包まれる。


「ね、今のさ」


「うん?」


「ラーメン屋の屋台の店主になってもついてきてくれよってプロポーズだよね」


「は!?」


 何故そうなる。

 雛子は抱きついて、俺の胸に頬ずりする。


「なら私、あの家でも頑張れるや」


 俺は否定もなにも出来ず、ただ、雛子の頭を撫でてやることしか出来なかった。

 なんか、人間関係がまたややこしくなった気がする。



+++



 後日、俺の家では勉強会が開かれていた。

 俺は自分の勉強を先輩の買ってくれた参考書とにらめっこしながら苦闘する。

 雛子は雛子で機械的に翻訳を繰り返す。

 部屋の扉が開いた。


「岳志くーん! 勉強教えに来たぞー。おー、今日は熱心にやってんねえ」


 感心感心、と言いながら先輩が入ってくる。

 そして、雛子に目を留める。


「この子は?」


「ああ、こいつは……」


「婚約者です」


 雛子は満面の笑みで、幸せそうに言う。

 俺は機械的にギギギと先輩に目を向ける。先輩も同じことをしていた。


「婚約者です」


 雛子はくり返し言う。


「このっ、ロリコン!」


「先輩っ! ちが! 説明は後で!」


「知るか! 私はもう知らんぞ、知らん!」


 先輩はそう言うと、ずんずんと廊下を横断して扉を大きな音を立てて閉めて帰っていった。

 それが俺には絶望の音に聞こえた。


「怖い人だったねーダーリン。さ、もうひと頑張りしよっ」


 雛子は上機嫌に言う。


「おー」


 俺は力なく答えた。

 そのさらに後日。


 チャイムが鳴ったので玄関に出ると、瞳孔の開いた妹が、夜に家の前に立っていた。




続く

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