運命だと思っていたのに
俺はうろ覚えの記憶を頼りに住宅街をするすると進んだ。
そのうち、その家が見えてきた。
築十年足らずの二階建ての洋風一軒家。
雛子の家だ。
二階の雛子の部屋の窓目掛けて、小石を適当に見つけて、投げる。
コツン。
小石は小さな音を立てた。
二度目の丁度手頃な石はないかと探していると、窓から雛子が顔を出した。
雛子は僕らを見ると、嬉しいような、悲しいような、複雑な表情になった。
「降りてこいよ、雛子」
俺はできる限り声のボリュームを絞って話しかける。
「話がしたい」
「練習サボってる件ですか?」
「それもある」
「それも?」
雛子は不思議そうな表情になったが、階段を降りて、一階から出てきた。
「お久しぶりです」
苦笑交じりに言う。
肩までの散切り髪に、眼鏡。白い肌に真面目そうな鋭い目。本当、彼女の外見は詐欺だと思う。
「おはよう、雛子」
俺は、安堵しつつ言う。
そして、背筋が寒くなるのを感じた。
雛子の影から、闇のオーラが、ふつふつと湧き出ているのが見えたからだ。
「なんの用ですか? アリエルさんも一緒になって」
「雛子。俺が狼退治した日のこと、覚えてるか?」
「忘れませんとも」
雛子は目を細めて儚げに微笑む。
「王子様が現れたって、思いましたもん」
調子が狂うなあ。
照れ臭く思いながら言葉を続ける。
「あれと同じものがお前にも取り憑いてるって言ったら、お前、どうする?」
「どうするか……ですか」
雛子は不安げに中空に視線を向けて思案する。
そのうち、その瞳が一つの決意に固まったように輝いた。
「岳志君を殺して自己保身と証拠隠滅を図ります」
「へ?」
予想外の一言。
その次の瞬間には、俺の腹は、鋭い爪に貫かれていた。
雛子の腕はそれだけが別の生物のもののように筋肉質になって膨張していた。
その全身が膨張していく。
そして、気がついた時には、俺の眼の前にはワーウルフが立ち塞がっていた。
これが同化型の悪霊。
どうする? どうする? どうする?
どうすれば雛子を助けられる?
感情的に苦労する。そんなアリエルの言葉が脳裏に蘇った。
続く




