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未知なる世界

 ベッドに座ってグローブを眺める。

 まだ真新しいそれは、高校に上がった時に親が奮発して買ってくれたものだ。

 それを、少し躊躇ったが、燃えるゴミの袋に入れた。


 結局、親は、野球をやる自分以外に興味はなかったのだなと思う。

 先輩を助けると決めた時から考えていたことだ。

 自分は野球の道具を凶器として使ってしまった。

 もう、野球をする資格はない。


 今も、手には、相手の骨を折った生々しい感触が残っている。

 町内会の草野球チームには後から連絡を入れないとな、と思いつつ、夜のコンビニに出かけることにした。


 夏のむわっとした空気が俺を出迎える。

 本当なら、今頃甲子園目指して熱心に練習していたんだろうなと思う。

 どこで間違ってしまったんだろう。

 わからない。

 一度道を踏み外してしまったから、戻り方もわからない。

 人生の迷子だ。


 そんな益体もないことを考えていながらコンビニにたどり着くと、先輩が出迎えてくれた。


「いらっしゃーい」


「先輩、ワンオペですか?」


「木下さんが熱で出られないって言ってきてね。仕方なく」


「いつもの病気だあ」


 木下というのは二十四歳のフリーターなのだが、これがよく詐病でサボる。

 首元が涼しくなっているともっぱらの噂である。


「それでさ、岳志君!」


 先輩が、目を輝かせて言う。

 飲まれて、返事をする。


「は、はい」


「高認、受けてみない?」


「こうにん?」


「昔は大検って呼ばれてた制度だよ。それさえクリアすれば大学に入れるの」


「けど、大学に行く学費なんて……」


「奨学金は月十万借りれるし、成績優秀なら授業料免除もある」


 その一言に、俺は目をパチクリとさせた。


「まだまだ道はあるんだよ、岳志君」


 戻れるのか。あの輝かしい一般人の道へ。


「けど、俺、勉強下手だし……」


「家庭教師してあげる」


「へ」


 先輩の申し出に、俺は思わず間抜けな声を上げた。

 先輩が家に来る? あの、散らかった俺の部屋に?


「助けてもらったお礼だよ。少しばかり給料は貰うかもしれないけどね~」


 そう上機嫌に言う。

 高校を辞めて、わかったことがある。

 普通であることって、なかなか難しい。

 ドロップ・アウトした人間が普通に戻ることも中々難しい。


 けど、先輩が救いの手を差し伸べてくれるならば。

 乗るのもまた一興ではないだろうか。


「まあ、買い物しなよ。例のクーポンもまだ、使ってないでしょ」


「あのクーポン、なんなんです? 特に効果とか書いてないんですけど」


「それは、使ってみてのお楽しみ。けどね、私、こう思うんだ」


 先輩は大きな胸を抱えるように両手を組んで言う。


「今の社会、外れることを怖がる人ばかり。勇気のある人がいない。そんな人がいるならば、その人は色々な人を助けなければならないって」


「はあ……?」


 まるで答えになっていない。


「変なこと言っちゃったね。さ、買った買った」


「はあい」


 適当に菓子とアイスをカゴに入れてレジに持っていく。

 普通の人生に戻れるかもしれない。しかも先輩の手厚いサポートを受けて。その事実が、俺を興奮させていた。


「これ、食事? 体に悪いよ~?」


「不健康が常なんで」


「じゃ、クーポン使ってくれるかな」


「あ、はい」


 スマホを取り出しクーポンを表示する。

 そのバーコードがスキャンされた。


 その途端に、視界が暗転した。

 蝙蝠が飛んでいく。

 俺は薄暗いジメジメとした迷宮の中にいた。


「……へ?」


 としか言いようが無いのが現状だった。



続く

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