わぁ、アヒルさんボートダ!
公園の池に連れて行くと、アリスのテンションは一気に跳ね上がった。
「わぁ、アヒルさんボートダ!」
ボートの貸出所にはアヒルボートが連なっており、借賃を出して俺はその中の一台に乗り込む。
そして、アリスの手を取って、隣に座らせた。
足を動かして、池へと漕ぎ出す。
「わぁ、魚さんがいル!」
「鯉だなあ。日本にはあちこちにいるよ」
「恋……?」
アリスが訝しげに頬をそめて訊く。
「ああ、鯉だ」
しばし、沈黙。
そして、アリスの様子から俺は勘違いを察し、慌てて付け加える。
「魚に里って書いて鯉って名前の魚がいるんだよ、それだ」
アリスは安堵したような表情になり、鯉に向かって身を乗り出す。
アヒルボートが傾いた。
「おいおい、サンドウィッチが落ちちまうよー」
「ごめんナさーイ」
思った以上に傾斜したのだろう。麦わら帽子を抑えながらアリスは言う。
そして、席に戻った。
池の中央で、停める。
俺はビニール袋からカツサンドとフルーツサンドを取り出すと、フルーツサンドをアリスに渡した。
「まだ、味覚はあるんだよな?」
アリスはぶんぶんと尻尾をふる犬のように頷く。
「クリームたっぷりでうんまいぞー」
アリスは早速包みを取り外しにかかった。
「日本の人、皆大食いかと思ってたから、意外……」
「あずきさんはちょっと作る量がアレだから。普通の人はこれぐらいの量だよ」
「ソウなんだ」
そう言って、一口食べる。
「オイしい」
その表情に、かつてのエイミーの笑顔が重なる。
なんだろう、この複雑な気持ち。
けして取り戻せないかつての恋をちらつかされているかのような。
エイミーとは恋人同士だった。小学校高学年から中学校までの、数年間のことだ。
ただ、まだ高校三年相当の俺にとってその四年間というのは非常に大きい。
過去を割り切っているし、未練はないが、憧憬のようなものはある。
そこに、かつてのエイミーそっくりのアリスだ。
正直、戸惑いのほうが大きい。
(エイミーの奴もよー。気楽に俺に預けやがって)
お気楽能天気。エイミーらしい。
「お姉ちゃんトハ、ドンナ話シテたンですか?」
「ポケモンとか互いの日常かなあ。あいつ野球わかんないし」
「お姉ちゃん野球ワカンナイんダ」
「あいつはスリーストライクでアウトってことすらわからんぞ」
アリスは困惑したような表情になる。
「お姉ちゃんと岳志さんってホントに付き合ってたノ?」
「惚れた弱みだ。仕方あるめえ」
照れ臭く思いながら言う。
エイミーはお気楽能天気だ。
けど、あの頃は陰鬱な少女だった。
彼女が自分の行動の積み重ねで可愛くなっていくのが、たまらなく嬉しかった。
その結果、彼女が男にモテたことに嫉妬してしまったのだが。
その時、アヒルボートが激しく揺れた。
何かが、アヒルボートの上に着地していた。
アリスが怪訝そうに屋根の上を覗き込む。
「やめろアリス!」
叫んで、頭を掴んで引き下げる。
その時、腕に激痛が走った。
食いちぎられた、とわかった。
これは、紛れもなく悪魔の襲撃だった。
つづく




