怪異は突然に
その日、俺は少し早く練習に来て、幸子に昨日のことを聞くことにした。
「昨日、少し表情が引きつってたけどどうしたの? 雛子に先制パンチでも決められた?」
悪戯っぽく微笑んで言う。
雛子ならそれぐらいやりかねない。
「いやあ、どぎついの喰らいましたね」
幸子は苦笑交じりに言う。
「どんなさ」
「その……貴女、岳志君が将来のドラフト候補だから側をうろちょろしてるんでしょって」
過大評価が過ぎる。これも妹の弊害だろうか。
「た、岳志君はどう思います?」
幸子は恐る恐ると言った様子で問う。
俺は思案した。
「そもそも、ドラフト候補っていうのが過大評価なのは置いておいて」
本音を漏らす。
「俺から野球を取り上げたら、側に残ってくれる人は何人いるのかなあ……」
乾いた音がした。
金属バットが何本も倒れる音。
「誰だ!」
俺は、思わず怒鳴る。
駆け足が遠ざかっている。
誰かがいた。
けれども、すでにいなくなっている。
その日から、雛子は一週間、練習に現れなかった。
そして一週間後。
ラーメン屋の後藤が息も絶え絶えにグラウンドにやってきた。
「出た!」
「こんな朝からやってるパチンコあるかよ」
おじさま方の一人が呆れたように言う。
「いや、出たんだよ、出た。あれが出たんだ!」
「だから、なにが出たんだよ」
「狼男だ! 狼男が出た!」
俺は、素早くアリエルに目配せする。
アリエルの金色の目は、遠くを見るように前を見ていた。
「ああ、嫌だ。悪霊センサーにビンビン来てるにゃ」
そう言って、アリエルは肩をすくめた。
肩をすくめたいのは俺の方だ。
続く




