プロになったら
「なんで、こんな時間に、起きて……」
刹那が動揺しつつ言う。
俺はしたり顔で言った。
「あのメイドさんがなんか企んでるのは見え見えだったからな。決闘のクーポンの世界で睡眠を取った。あの世界は外界と断絶されていて空間外では時間が流れない」
刹那はぐうの音もでないと言った表情で、項垂れる。
「ちょっと、寝ぼけて……」
「それはちょっと無理がないか刹那さん」
「寝ぼけたの!」
「お前は夢遊病患者か!」
「夢遊病なの!」
「お前は夢遊病で寝てる男の額にキスをすんのか!」
刹那はへたれこむとしゃくりあげ始めてしまった。
しまった、いじめすぎた。
「まあ、座れよ」
気を取り直そうと、俺は再びベッドの隣をトントンと叩く。
刹那はためらいがちに、一歩一歩踏み込みだし、俺の隣に座る。
俺はその髪を撫でた。
良く手入れのされた、滑らかな髪だった。
「綺麗な髪だな」
「どうしてもストレートになるの」
刹那が、鼻をぐずらせながら言う。
「俺、婚約者できたって言わなかったっけ」
「けど、私、自由恋愛じゃない結婚なんて嫌だ」
刹那は六大名家の当主だ。跡継ぎ問題から、将来は結婚問題は浮上してくるだろう。
「母親と相談はしたのか?」
「見合い写真なら山ほど持ってた」
拗ねたように言う。
「そっか」
苦笑するしかない。
「別に結婚してって言うつもりはない。重婚なんて考えてもない。けど、岳志のことは、その」
刹那は言い淀んで、小さい声で言った。
「好き」
俺は、上半身を起こして刹那の肩を抱き寄せた。
「ありがとう」
これ以上、なんて言えば良いだろう。
俺に婚約者がいる以上、これ以上この話題は発展しようがない。
「俺も刹那のこと、好きだぞ」
「……どんなとこ?」
恐る恐る、と言った感じで、刹那は問う。
目に、輝きが宿っている。
「一生懸命で、勇気がある所。誰でも最初の一歩を踏み出すのは勇気がいるんだ。お前はその一歩を踏み出す勇気を持っていた。その結果、友達を得て、親戚との関係も良好にした。お前の立派なところだ」
「うん」
刹那は恥ずかしげに俯く。
「だから俺は、妹を見ているみたいに、刹那が好きだ」
刹那は、事前予告なしにタライを頭に落とされたようにしばらく硬直していた。
しかし、片目に浮かんだ涙を拭いながら苦笑する。
「けど、遠いよね。東京と、京都」
「俺がプロになれば」
俺は今、とんでもない約束をしようとしているな、と思う。
「俺がプロになれば、オリックス戦か阪神戦で兵庫に来る機会がある。その度、京都に会いに来るよ。嫌か?」
「嫌じゃない!」
刹那は大きな声で言う。
「待つよ、岳志のこと。だから、絶対プロになってね。プロになって、私に会いに来て」
「ああ、約束だ。正直、今でも外野の守備固めぐらいには使ってもらえるんじゃないかと思うんだよな」
自信過剰と言われればそれまでだが。
「それで、絶対、私の魅力に気づかせてみせる! それが、次の私の第一歩」
「大きく出たなー」
俺は苦笑するしかない。
友人ができるようになって、刹那も自信ができたのかもしれない。
「見ててよ。私、これからどんどん綺麗になるから」
「見てるよ。俺の、京都の妹だからな」
「だから、絶対プロ。約束ね」
「約束だ」
プロ。その中でも頂点に位置するベンチ入りメンバー。
その一人に入っていくという。
無謀な夢だ。
そんな無謀な夢を、この夜、二人で見た。
今日は、良い夢を見れそうだった。
「隣で寝てくか?」
刹那に問う。
「いいの?」
「俺はどうせ目が冴えてて寝付けない。隙はないぞ」
「それじゃ、私は疲れてるから、寝る……」
そう言って、刹那は布団の中に入ってきた。
温もりが伝わってくる。
今回は心の中の童貞は騒がない。
もう、刹那がそういう対象ではないと判断しているからだ。
前回迫られた時は流石に不意打ち過ぎて発動してしまったが。
刹那は守らなければならない対象だ。
本当に、妹のように可愛い存在だ。
だから、これからも守ってみせる。
俺はそう、心の中で強く思った。
そのうち、刹那の寝息が聞こえてきた。
どんな夢を見ているのだろう。
二人で、夢を見た。
その夢を実現するためにも、体作りにますます力を入れなければなと思うのだった。
つづく




