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休息の終わり

 エイミー邸の門の傍のドアホンを押す。

 あずきの声がした。


「岳志君? 遅かったじゃない。皆帰ってきてるわよ」


「ちょっと手間取っちゃって。入れてもらえますか」


「わかった。今鍵開けに出るから」


 そう言うと、あずきは玄関のドアを開けて、門の鍵を開けにきた。

 そして、俺の左肩を見てぎょっとした表情になる。


「なに、その血とえぐれた服!」


「ちょっと、悪霊つき絡みで……少々手間取ったけど、解決しました」


「そう……解決したなら、良いけど」


 あずきは不安げな表情のまま、鍵を開け、前を歩き始める。

 俺は中に入って鍵を閉めると、その後ろを、ギダルムの下半身を持ち上げて音を立てぬように歩き始めた。


 玄関の外に下半身を置き、一旦アリエルを呼ぶ。

 腹が空いたと不平を言いながらアリエルは食堂からついてきた。

 そして、ギダルムの下半身を見て目を見張った。


「これは……?」


「魔界六団騎、とか言ってたな。サンダーアローも効かなかった。タフな敵だったぜ」


「良く倒したにゃね。悪魔の耐久力は天使のそれを遥かに凌駕するにゃよ」


 アリエルはそう言いながら、ギダルムの下半身に手を添える。

 そして、確信めいた頷きをした。


「うん、完全に生命活動を停止している。死んでるにゃ」


「良かった。この遺体は政府にでも回収してもらおう」


 エイミーにでも連絡しよう。そう思ってスマートフォンを取り出すと、鬼のようなラインの通知がエイミーから届いていた。慌てて電話をする。


「エイミー、悪魔なら俺が倒した。皆無事だ」


 エイミーはしばらく黙り込んでいたが、溜息を吐いた。

 色々な言葉を飲み込んだような溜息だった。


「……馬鹿」


 そうとだけ、エイミーは言った。


「相手の下半身が残った。研究機関に回収してもらって分析してもらいたいんだが」


「わかったわ。すぐに連絡を取る。引っ越し先もまた用意できるけど」


 俺は苦笑する。


「ここはもう、俺の帰る家だよ」


 それは、実感のこもった一言だった。

 母親のようなあずきが料理を振る舞ってくれる。

 妹のような雛子と六華が甘えてくれる。

 姉のような遥が勉強を教えてくれる。

 同級生のようなアリエルが共に問題にぶつかってくれる。

 ここはもう、俺の家だ。俺の帰る場所だ。


 だからこそ、俺は力をつけなければならない。


「わかった。私もできるだけ、早く家に帰るよ。じゃあね、ブラザー」


 そう言って、エイミーは電話を切った。

 俺はアリエルに向き直る。


「アリエル。女神様達にこの家や東京を守ってもらうことはできるか?」


 アリエルは暫し考えた後、頷く。


「あの口ぶりならできると思うにゃ。けど、岳志……一体、なにを考えてるにゃ?」


 俺は黙り込んだ。

 サンダーアローを破られた時、俺は動揺した。

 以前の俺にはないことだった。

 それを考えると、今の俺にはやらなければならないことがあった。



+++



 その晩、皆でわいわいと食事を楽しんだ後、俺はバルコニーに遥を呼び出した。

 月が綺麗な夜だ。


「どうしたの? 岳志。クリスマスの相談?」


 遥は楽しげに聞いてくる。

 その表情を見ていると、これから告げる言葉に胸が痛む。


「少し、家を空けようと思う」


 遥は、きょとんとした表情になる。


「なんで? 神秘の道具、とかいうのの問題もなくなったんでしょ?」


「長い平和で、俺の勝負勘が鈍っている。あの場面でカーブを投げたのも、直近の戦闘中に動揺してしまったのも、その影響だ」


「戦闘があったの?」


 遥は顔と顔がぶつかりそうなほどに接近してくる。


「ああ、あった。そして、どれほど先にあるかわからないが、また戦闘が起きる」


 遥は暫し考え込んでいたが、苦笑して溜息を吐いた。


「呆れたか?」


「呆れた」


 ぼやき混じりに言う。


「けど、私が選んだ人だからね」


「少し、京で鍛え直してこようと思う。クリスマスまでには戻る。集中的に鍛えてくるよ」


「わかった。待ってるわ。どうせ将来はあんたの遠征とかで留守番することになるんだからね」


 その一言に、俺は思わず遥を抱きしめていた。


「遥を選んで良かったよ。だから、いつかは、俺を選んで良かったと思わせられるような俺になりたい」


「……もうなってるよ」


 そう言って、優しく遥は俺を抱きしめ返した。



+++



 六階道家の庭で、俺と刹那は向かい合っていた。


「事情はわかった。東京の状況は私も聞いているし、岳志が鈍ったっていうのもピンとはこないけど理解した。けどね、私じゃ君の練習相手にもならないんじゃないかな」


 困惑したように刹那は言う。


「決闘のクーポンの世界で、俺は武器と魔力を使わない。つまり、縮地もメイン戦法の双刀術もなしだ」


 刹那は目を見開く。


「それなら技量も合わせて刹那がやや有利ぐらいになるんじゃないか?」


「甘く見てくれたね」


 刹那は悪戯っぽく微笑む。


「自信がなくなるまでボコボコにしてあげる」


「お手柔らかに」


 相手は近接格闘術のプロだ。

 一筋縄ではいかない。

 だが、そのギリギリの状況こそが俺の勝負勘の錆を落とす。

 俺はそうと確信していた。

 俺は決闘のクーポンを起動した。


 世界が白一色に塗りつぶされた。




つづく

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