疾風のように
全てが、スローモーションに見えた。
相手の胸に突き刺さろうとする俺の短刀も。
そして、相手の両脇腹から現れた新たな腕も。
それは俺の短刀を握り、もう片方の手で俺の心の臓を貫こうとしていた。
「危ない!」
割って入る影がいた。
それは、疾風のように脇から生えた両碗を叩き切ると、空中で旋回して相手の腹に蹴りを叩き込んだ。
シュヴァイチェは、木を何本も折りながら後方へと吹き飛んでいく。
そして乱入者は、地面に降りると俺の肩を抱いて上半身を起こした。
「大丈夫!? お兄!」
「お兄……ってお前、六華か?」
俺は唖然として言う。
妹の六華が、神殺しの長剣を片手にこの場に参戦していた。
「そうだよ、寝ぼけてんの?」
「寝ぼけてるのかもしれない。うちの妹はこんな命のやり取りの場に乱入してくる奴じゃないし、今のは六階道家の身体向上術に見える」
「学んだんだよ。それに、神格同士がバチバチやり合ってたら俄の私でも感知できる。間に合って良かった」
ほっとしたように言う六華だった。
砂埃の中に、シルエットが浮かび上がる。
シュヴァイチェだ。
俺は、立ち上がると、六華をかばって前に出る。
「細かいことは後で聞く。俺の鎧は上半身だけだが魔法耐性を持っている。お前は後ろに回れ」
「わかった」
六華は素直に頷いて、俺の後ろに回った。
シュヴァイチェが、よろけながら砂埃の中から現れた。
淡々とした表情で自らの両脇にぶら下がった肘から先を断たれた腕を見ている。
「再生はできんか。流石安倍晴明の手のものが作ったアーティファクトだ」
そう言った次の瞬間、脇から腕が落ちる。
「どういうことだ?」
俺は問う。
「神は完全な者だ。だからこそ神は自らを模して人を作った。安倍晴明が形態変化をできたのは人と神とのハーフだったからだと思っていたが」
「ならば逆に問う。安倍晴明にできたことが何故完璧である神にできぬのかと」
緊迫した空気が漂う。
次の瞬間、どんな大魔術が飛んでくるかわからない。相手がどんな異形に変化するかわからない。
六華の六階道家の術混じりの身体能力と神殺しの長剣があることは、悲しいかなこの場において立派な戦力だった。
「まあ、いい。神殺しの長剣までここにあるとは好都合だ」
そう言って、シュヴァイチェは唇の片端を持ち上げた。
「なんだと?」
「この場の勝敗など俺にとってどうでも良いと言うことだ」
その言葉の意味が理解できず、俺は戸惑うことしかできない。
「俺は元々、お前達の本拠地を知っていたんだよ。お前も覚えていないか。今はあずきと言ったか。トイボックスの中にあずきを追い込んだ裏切り者がいるということを」
俺はハッとした。
最近、あずきは声優になる件で、トイボックスの旧友達との連絡を再開した。
その中に裏切り者がいたとしたら――。
「私はこれからテレポートで君の本拠地に急襲する。神殺しの君もいない。神殺しの長剣もない。せいぜい半端な神格のアリエルがいる程度だろう。さて、神秘の盾は守りきれるかな?」
喉を鳴らしたような笑い声が森の中に響き渡る。
俺は背筋が寒くなった。
遥が、雛子が、あずきが、アリエルが、エイミーが、皆が危ない。
「貴様あああああああああああああ!」
俺は縮地で後先考えずに相手に突っ込んだ。
しかし、その瞬間には相手はその場から消え去っていた。
後には、静寂が残った。
博多から東京。その距離は絶望的に遠い。
+++
エイミー邸の上空にシュヴァイチェは顕現した。
体のあちこちの骨が折れている。
あの六華とか言う伏兵。とんだ曲者だった。
しかし、今は一刻も早く神秘の盾を。
アリエル程度なら傷ついた体でもなんとかなる。
「そんなことだとは思っていました。だから私はあの場に顕現しなかったのです」
シュヴァイチェは目を見開いた。
女神が、シュヴァイチェの眼前に顕現していた。
「ここで終わらせましょう。私と、貴方で」
そう言って槍を召喚すると、女神は構えを取ってその切っ先をシュヴァイチェの心の臓に向けた。
つづく




