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拡散型

 即座に決闘のクーポンを起動する。

 周囲が白色の世界に塗りつぶされる。

 そこにいるのは俺と小太りの男の二人。


 小太りの男の背後には金棒を持った鬼が浮かび上がっている。


「何故……とは聞くまいな。どうせ嫉妬やそこらだろ」


 俺は呆れたように言う。

 小太りの男はぐっと詰まったように一瞬黙り込む。

 しかし、次の瞬間まくし立てた。


「そうだよ、嫉妬でなにが悪い!」


 清々しいほどの叫び声。


「生まれ持っての才能で有名人になって、芸能人やVtuberとコネを持って、テレビでチヤホヤされる。同じ高校中退でどうして俺とお前でこうも差がつく! お前だって所詮人生のレーンから外れた者だろうに!」


 あまりにもの言い分に俺は溜息を吐く。


「お前、筋肉痛の体で毎晩夜遅くまでバットを振ったことはあるか?」


 相手は黙り込む。


「寮に泊まり込んで早朝から夕方まで猛特訓、休日なんてなしなんて生活送ったことはあるか?」


 相手は言葉を発さない。


「周りがVtuberや芸能人だったのは偶然だ。彼女達の努力だ。お前はなにか努力をしてきたのか?」


 相手の表情に徐々に怒気が溜まっていく。


「その挙げ句に他人の悪口を言って足を引っ張って自分の地位を上昇させようとしている。楽な場所から他人を追い落として愉悦を得ている。救いようがないな」


 癇癪を起こした子供のように、相手は襲いかかってきた。

 しかし、幾百の戦いを経てレベルアップしてきた俺の敵ではない。


 俺は縮地を使うと同時に退魔の短剣を取り出すと相手の背後の鬼を一刀両断した。

 相手は倒れ込む。


「俺だって……」


 相手は跪く。


「俺だって少年野球じゃ四番だったんだ……」


「そうか」


「けど、その後についていけなかった……」


 俺は、黙り込む。

 何人も見てきた。

 途中で道を降りていく人間を。

 他でもない俺もその一人になるところだった。


「お前はやっぱり恵まれているんだよ」


 憎々しげにそう言って、相手は倒れた。

 その次の瞬間だった。

 俺は悪寒を覚えて、背後を振り返った。


 鬼の遺体。

 それが黒く膨れ上がって膨張している。

 嫌な予感がする。


 どうしたものか。

 その一瞬の迷いのうちに、黒く膨れ上がったものは破裂した。

 白い世界に黒い霧が立ち込める。

 それは徐々に薄れていったが、俺はその黒い霧をもろに吸い込んでしまった。


 体がだるい。世の中が馬鹿らしい。駄猫が悪い。

 なんで俺が世界平和の為なんかに活動しなければならないのだ。

 現状に対する不満が段々膨れ上がってくる。

 加速する他責思考。


 霞がかる冷静な思考回路で判断する。

 悪霊に憑かれた、と。

 若干の抵抗があるが、退魔の短剣を逆手に持つ。


 そこまでやる必要があるか? 他人のために?

 悪霊に憑かれた自分が囁く。

 その時、思い浮かべたのは皆の笑顔だった。

 皆を守るためなら、俺は何度だって立ち上がれる。

 俺は退魔の短剣で、自分の心の臓を刺した。


 俺についた悪霊はまだ孵化前。

 しかしそれを、なんとか排除することが出来たようだった。

 クリーンになる思考。

 体が軽くなったような気分になる。


 悪霊に憑かれるとはこんなに辛いものだったのか。

 こんな状況で数ヶ月も配信を続けていたあずきに頭が下がる思いだ。

 しかし。

 まるで狙ったように現れた高認受験会場に現れた拡散型の悪霊つき。

 それに俺は意図のようなものを感じてならなかった。


 退魔の短剣を元の姿に戻してポケットに入れ、決闘のフィールドを閉じる。

 周囲は元の待合室に戻った。

 小太りの男は失神したままだ。


 これはまずいと思った。

 駆け寄り、頬を張る。

 しかし、相手は起きそうもない。

 揺さぶるが、反応はない。

 呼吸はあるが、心地よさそうに寝ている。


「まだ残ってたんですか! 受験始まりますよ!」


 スタッフらしい人が声をかけてくる。

 俺は迷った後、決断した。


「……諦めずに頑張ってくれよな」


 そう言うと、俺は受験会場に向かって歩き出した。

 人の悪口を言ったんだからこれぐらいの天罰は仕方あるまい。



つづく

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