三番アリエル四番井上
俺はネットサーフィンをして頭を抱えていた。
まずはYouTube。
アリエルが俺の名前を配信上で呼ぶ切り抜き動画が拡散されている。
次はまとめサイト。
大人気個人Vtuberアリエル、同棲発覚!?との見出しが大々的に踊っている。
反応はこんな感じだ。
『いやー、アリエルに男がいるとは意外』
『たけしって井上岳志じゃないか? 草野球大会で三番アリエル四番井上だっただろ。あのアリエルが同一人物ならアリエルに左打席に立てって指示したのが岳志だったはず』
『その頃から関係が始まってたってわけ? 半年だぜ?』
『練習期間を考えればそれ以前からかも……』
『デビュー前からかよ』
『アリエルって天真爛漫で純真無垢って感じだったから騙されたなあ。裏じゃちゃっかり男と☓☓☓してたってわけだ』
『けど軟式王子って彼女いるじゃん』
『セフレだろ』
『なんにせよ騙されてスパチャしてた奴南無~w』
『君の歌は好きだったがねえ!』
『たまたま遊びに来てたって可能性は?』
『それで納得する奴いると思う?』
『黙ってれば風化するよ。それで押し通してる奴何人もいるだろ』
『まあ盲目なのがVオタよな』
『厄介なことにアリエルには実力で黙らせるだけの歌がある。雑談の方はもう無理だろうけど』
『歌はいいな、歌は。まあ岳志はアリエルの声でヤッてよ、とか言ってるんだろうけど』
『そもそもアリエルって本名? ならアリエルの声でヤッてよもなにもない気がするんだけど』
俺×アリエルのカップリングがネット上でまことしやかに囁かれている。
その事実に俺は怖気を覚えた。
あの駄猫と関係を疑われるぐらいなら俺は首を括りたいような気分だ。
あずきのXを確認してみる。
あずきはこう投稿していた。
『アリエルちゃんの件についてご報告。連絡が遅れましたがあずエルミーと岳志君はわけあって今同居しています。追われているから一時的な避難です。そこに恋愛的な感情はなく理解いただけると幸いです。詳しくは次回の配信にて説明します』
流石あずき。迅速に対応している。
ただ、恋愛的な感情はないと言ってもいくらでも勘ぐられてしまうのが世の常だ。
この件が彼女達の内定が決まっているアニメへの抜擢に影響を及ぼさなければ良いのだが。
そんな心配を抱く俺なのだった。
+++
宇はぼんやりと学校の夏期講習を受けていた。
ネットのまとめサイトを休憩時間に検索する。
アリエルと岳志の関係が次から次へと深堀りされている。
デビュー前から? そんなに親しい位置に男が?
純真無垢で天然で、男と関わることなんて到底無理だと思っていた。
そんなところも魅力的だったのに。
「宇君また赤スパチャだにゃー。無理してないか心配だにゃー」
そんな風に名前を覚えられていたのも幸せだったのに。
それらも全て岳志に使われていたのだろうか。
そんな風に思うと段々苛立ってきた。
(騙されてたようなもんじゃないか……)
中学生だから新聞配達をしてスパチャ代を稼いでいた。
そんな自分はまるで道化だ。
けど、アリエルの歌声は未だに好きだ。
そんな自分が馬鹿みたいに思える。
そして、自分は馬鹿だと決定的に思った。
話したこともない相手に失恋している。
なんなんだ、自分。
馬鹿にもほどがある。
昼頃、あずきのポストで少し風向きが変わった。
追われている、とあずきは書いていた。
追われている? 誰に?
連想的に思い出されるのは、エイミー初来日時に岳志の家に張っていた発信者達だ。
自分が思っているのと状況は違うのだろうか?
胸が痛い。
そして気がつく。
例えアリエルがフリーだとしても、自分と交わることはけしてないのだと。
辛くて、アリエルの個人アドレスに気の迷いでメールを送ってみる。
『僕はアリエルのファンの宇です。スパチャを送って名前を覚えてもらっていると思っています。今回の件について話を聞きたいです。是非一度、会って話を聞かせてくれないでしょうか』
無視されるのがオチだ。そう、送ってから自嘲する。
そうして、午後の授業を過ごした。
授業中、スマートフォンが振動した。
細心の注意を払って、スマートフォンを確認する。
メールの着信だった。
心臓がばくんばくんと鳴っている。
それを押さえつけつつ、メールを確認する。
『いいにゃよ』
ただ、そうとだけ書かれていた。
宇は、舞い上がりそうな気分になった。
憧れの、Vtuberと、会う。
夢のような展開だった。
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「ぐ、ぐぅ!」
与一は唸って、後方へと退く。
そこへ、長剣を持った六華が追撃する。
その次の瞬間、六華は長剣を絡め取られていた。
長剣は宙に飛ばされ、元の扇子の姿に戻り、地面に落ちる。
「……良い線行ってたと思ったんだけどなあ」
そう言って、とぼとぼと扇子を拾いに歩く。
「君は力はある。しかし技量はまだまだだ。だが、君の兄よりはセンスがあるように見えるな」
「本当ですか?」
「ああ。彼は彼で完成されていた。しかし、それは頭打ちだったということでもある。君はもっと器用に立ち回れる」
六華は握り拳を作る。
「しばらくは与一にかかりきりになりそうだね」
座って見学していた刹那はそう優しく言って、立ち上がる。
「剣術の技量が高まったら、私の下に来て魔力の体内循環の術を学ぼう。貴女の力はもっともっと強くなる」
「うん!」
六華は力強く頷いた。
今まで、知らず知らずのうちに兄に守られていた。
兄に負担を抱えさせていた。
けど、次は自分が兄を守る。兄の力になる。
そんな決意が、六華を包んでいた。
つづく




