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好きだって言ってくれるまで帰さない

「こんにちはー」


 そう言って、ジュースの入った袋を持って雛子は軽音部の扉を開ける。

 軽音部の面々は演奏を止めて相好を崩す。


「おー雛ちゃん」


「いらっしゃーい」


「文化祭に向けて順調ですかー?」


「順調も順調。卒業したらライブハウスとかも行きたいなー」


「いいっすねー目標があって」


「雛子は目標がないの?」


 そう訊くのは雛子の同級生の剛だ。


「うーん。自立できれば良いかなって感じ。資格とかも取っとこうとは思うんだけどね」


「バイトも沢山してるししっかりしてるなー」


「えへへ」


 ここでは雛子はしっかりものという評価を得ている。

 エイミー邸とは間逆な評価だ。

 それが少し心地良い。


「まあ、差し入れ。飲んでよ」


 そう言って、袋を置く。


「今日は時間あるの?」


「五時からバイトあるから移動時間考えたら三十分程かなあ」


「じゃあちょっと演奏聞いてけよ」


 そう、先輩が言う。


「良いんですか?」


「ああ。剛のボーカルも良い感じになってきたし、ちょっと聞いてやってくれよ」


「わかりました。是非」


 四人のバンドメンバーは頷きあうと、演奏を始める。

 ギターの軽快な音が響き始める。

 一人の特等席。


 雛子は全身で、そのサウンドを味わった。

 剛は、輝いて見えた。



+++



 期末考査の時期が近づいてきた。

 遥は実家に事情説明をしなければならないとかで、岳志と日程のすり合わせをしている。

 それが少し、妬ましい。


 放課後の廊下を歩いていると、教室で勉強をしている剛が目に入った。


「珍しいねー」


 声を掛ける。


「赤点取ったら補習だからなー。俺、赤点ギリギリだから」


 そう言って苦笑する。

 イケメンってどんな表情しても絵になるな、って少しドキリとする。


(岳志君程じゃないけど)


 心の中で付け加える。

 すると、俺はお前の彼氏じゃないんだから、という岳志の台詞が連想された。

 なんか、少し自棄になった。


「勉強、見てあげよっか」


 そう言って、剛の向かいの席に座る。


「成績良いのか? 雛子」


「これでも進学校目指してたからねー。落ちたけど」


「へー。それなら大学進学すればいいのに」


 痛いところを突く。


「私は早く就職して家を出たいから」


「そっか。やっぱしっかりしてるんだ」


 どうしてこうも評価が真逆になるかなあと思う。

 雛子の駄目な面を見てないからだろうなあと思う。

 きっと雛子の私生活や私室を見れば彼の評価も変わるのだろう。

 知らないって幸せだ。


「ここの解き方はわかる?」


 そう言って、雛子はノートの式を指差す。


「全然わかんね」


 そう言って、剛は悪びれずに笑った。

 皆から見れば自分もこういう風に見えているのかなあ。

 そんなことを思った雛子だった。



+++


 剛との交流はそんな感じで深まっていった。

 一方で、岳志との距離は広がる一方だった。

 高認の試験が近づいているとかで、岳志は缶詰状態。

 遥と六華にしごかれている。

 雛子は雛子でバイトが忙しいので、会う機会はめっきり減った。


 草野球の練習で接する機会があった時期が懐かしい。

 あの頃は、自分も岳志の役に立てていた。

 そんな寂しさが、心の隙間風となって吹きすさぶ。


 そんな時、メールが届いた。


『軽音室で待ってる』


 剛からのメールだった。

 なんだろう。

 そう思いながらも、今日はバイトが休みだからと出かけることにする。


 入れ違いに、飲み物を取りに来た六華とすれ違った。


「出かけるの?」


「うん。なんか知らないけど軽音部に呼び出された」


「ふーん。なんかマネみたいだね」


「うーん、差し入れする程度だけどね」


「金銭感覚……」


 呆れたように言う六華である。

 これだ。

 エイミー邸では駄目な雛子で通っている。


「これでも私、学校ではしっかりもので通ってるんだからね」


「まあ、あんたバイトと勉強両立してるしね」


 意外なことに、認められているらしい。雛子は戸惑った。


「行ってらっしゃい。私はお兄の勉強見なきゃいけないから」


 そう言うと、六華はさっさと去って行ってしまった。

 雛子は少し寂しさを感じながら、その背を見送る。


 そして、軽音部へ向かって歩き始めた。

 軽音部は、がらんとしていた。

 剛しかいない。


 剛は笑顔で雛子を迎え入れると、部屋の鍵を締めた。


「なんで鍵閉めるの?」


「ちょっと、話があるんだ」


「話?」


 嫌な予感がした。


「話っていうか、なんか、その、な」


 剛は、気まずげに目を逸らして言う。


「俺のこと、好きだって言ってくれるまで帰さない」


 そう、剛は宣言した。



つづく

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