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迫りくる先輩

 アリエルと言い合いながら家に帰ってくると、隣の部屋の扉がでかい音を立てて開いた。

 赤い顔の先輩が、座った目でこちらを見ている。

 酩酊しているようで、足元は少しおぼつかなかった。


「なーんで当たり前みたいにアリエルと一緒なの?」


「え、あの、その、こいつ草野球チームのメンツでして」


 咄嗟に嘘を付く。


「……ない」


 先輩は呟くように言う。

 はっきりと聞き取れなかった。


「はい?」


「聞いてない!」


 そう耳をつんざくような声で怒鳴ると、先輩は俺を部屋の中に押入れ、鍵をかけた。

 部屋の扉がけたたましくノックされる。


「にゃー! 孤独のグルメ一挙放送が始まっちゃうにゃー!」


「まあまあ、アリエルちゃんは私の部屋で見よっか」


 ぐいぐいと押されて、ベッドの側で圧力に負けた形で倒れる。

 先輩はその上に覆いかぶさるように伸し掛かってきた。


 先輩の顔が間近にある。

 その目は、俺の顔の一点を凝視していた。


(女性の顔がキスできそうなほどに近くにある女性の顔がキスできそうなほどに近くにある女性の顔がキスできそうなほどに近くにある)


 俺はパニックだ。

 と言うかこういう時ぐらい静まってくれ俺の心の童貞。


「傷、残るかな」


 先輩が急に、素面に戻ったような調子で言う。


「多少は。けどほとんど見えなくなるんじゃないでしょうか。すぐ縫合したし」


「残ったら私のせいじゃんかよ」


「そんなことないって何度も言ってます」


 先輩は苛立たしげに俺を睨んでいたが、そのうち溜息を吐いた。

 俯いたその表情は見えない。


「なんで私に、野球部を辞めた話してくれなかったの?」


「いや。人にするような明るい話じゃないし」


「けど、私は知りたかった」


 先輩が顔を上げる。目が潤んでいた。


「迷惑?」


「いえいえいえ、そんなことは」


 と言うか、先輩が私生活に踏み入るまで急接近してきたのがここ最近だから話す隙もなかったというか。

 けどそれを言えば更にキレさせてしまいそうだから辞めておこう。


「アリエルちゃんとはどうやって知り合ったの? 学校も学年も違うよね?」


「それは、先輩の友達の友達で……」


「どんな先輩?」


「なんでそんなこと知りたがるんですか」


 ドン、とでかい音がした。

 先輩がベッドを殴っていた。


「あんまりにもあんた達が仲良すぎるからでしょ!」


 怒鳴り声。


「私の気苦労も察してよ……」


 そう言うと、先輩はふらついて、そのまま俺にしだれかかるようにして倒れてしまった。

 酔いつぶれてしまったらしい。


「傍迷惑な先輩だにゃあ」


 アリエルがいつの間にか部屋の中に入ってきていた。

 妹が慌てて駆け寄ってきて、俺の上から先輩を引っ剥がす。


 そうか、妹がいるなら合鍵も持ってるはずだ。

 それをなんとか押し留めていたのがあずきと言うわけか。

 流石はコラボの鬼。空気を読んで余計なお節介をしてくれたものだ。


「あらためて言えば」


 アリエルはにやり、と微笑んで言う。


「私は岳志のこと結構気に入ってるにゃよ」


 げっと思う。

 ブルータス、お前もか。


「どこがだよ」


「これで駄目なら一緒に死んでくれとか、強い? 経験値が高いってことか? とか。思い切りが良くてワードセンスが個人的にすっきりするにゃ」


「そうかい」


「さて、孤独のグルメ孤独のグルメ」


 そう言ってアリエルはパソコンを立ち上げる。

 なんだよこれ。

 俺が照れて終わりじゃないか。


 翌日の出勤日。

 先輩は全てを覚えていたらしく、凄く余所余所しかった。

 気まずいのはわかるが自業自得なんだから避けないでほしいと思う。



続く

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