人は愛されるために生まれてきたんだよ
バルコニーで夜風に当たっていた遥は、背後からの気配を察知して振り返る。
エイミーが笑顔で立って手を振っていた。
「ハーイ」
ここ数日の頭痛の種のお出ましだ。
けど、今更のことなので憎む気にもなれない。
岳志を受け入れるということは、彼女と岳志の間の過去も受け入れるということだったのだから。
「夜風に当たってるの?」
「そっちは仕事上がり?」
「そうそう。明日は半日休めそうでねー。六華が料理教えてくれるだとかで」
「仲良いわねえ」
呆れ混じりにいう。
まったく、恋人の幼馴染なだけあって、彼女は自分よりも恋人の家族に馴染んでいる。
エイミーは、遥の横に並んだ。
「なんか悩んでるの?」
「んー?」
図星を指されて驚いた。
そんなに鋭いタチには見えなかったのだが。
「気まぐれよ」
はぐらかす。
流石にお前が原因でカップル解散の危機とは言えない。
「私が原因で岳志と気まずくなったりしてない?」
また、図星。
一瞬、言葉に詰まる。
「図星、か」
エイミーは苦笑すると、手を組んで、天に向かって大きく伸ばした。
「恋ってね、難しいものだとエイミー思うんだ」
エイミーは独白し始めた。
「岳志に距離を置きたいって言われた時、エイミーすっごくショックだった。けど、岳志との思い出を糧に頑張れた。そしてね、考えた。なにが悪かったんだろうって。そしたら、自分の悪いこと、沢山出てきて、反省することしきりだったね」
「脳天気なあんたでもそういうことあるんだ」
思わず率直な意見を言う。
「あるよー。こう見えてエイミーも打算の女なのです」
エイミーはそう言って、バルコニーの柵に肘をかける。
「恋は人を成長させる」
エイミーはそう言って、遥の顔を見る。
「生まれて初めての人との真正面からの殴り合いだ。友達や家族だったら手加減や降参もしてくれる。けど、恋人なら譲れないって一線が出てくる。そしてね、その上で、愛が生まれる」
「愛?」
思わぬ言葉に、遥は戸惑う。
愛と恋の違いがなんなのか、遥にはまだわからない。
岳志に恋はしていると思うが、愛してもいるとは思うのだが。
「人は愛されるために生まれてきたんだよ。エイミーは岳志に愛された経験があることで真人間として踏みとどまれた。遥も、岳志の愛を受け入れて上げるべきじゃないのかな?」
「それじゃ、私が岳志の愛を跳ね除けてるみたいじゃない」
「けど、信用はしていないんじゃない?」
顎に手を当てて、考え込んでみる。
「……どうだろう」
「私を天秤にかけて疑ってる時点で、信用してないんだよ。岳志は遥を愛してる。それを受け入れたら、遥はもっともっと幸せになれる。その経験は、きっと関係が駄目になっても、今後の人生でかけがえのないものになるはずだよ」
諭されてしまった。
十七やそこらの小娘に。
「愛って、そんなに大事なものなの?」
遥にとって、男は信用ならないものだった。
容姿や肉体で人を選別し、判断する。中身を見ずに、ただ欲望のはけ口として欲する。
そんな人間を山程見てきた。
そんな対象から、愛なんて言葉を聞いても、今更信用できないというのが本音だ。
そこまで考えてふと気がつく。
ああ、結局自分はまだ男性恐怖症で、岳志のこともまだ信用できていないのだと。
「繰り返し言うよ。人は愛されるために生まれてきたんだよ」
そう言うと、エイミーは身を翻して、軽い足取りで帰っていった。
遥は夜空を眺め、エイミーの言ったことを心の中で反芻する。
(愛、か……)
エイミーと違って、遥は親からは愛されて育ったと思う。
だから、エイミーのように、愛への渇望を知らない。
ただ、家族愛と異性愛は違うのだろうとなんとなくは思う。
異性愛とは一体どんなものなのだろう。
そんなことを、ふと思った。
+++
緑色の光を放つフィールドに、あかねが触れる。
すると、フィールドはその途端に雲散霧消した。
「半神の末裔とは言え神と認められるみたいね。第一関門突破、と」
「ここが一番の問題点だったな。駄目ならエイミー連れてこなきゃいけないとこだった」
俺とあかねは二人して洞窟の中を歩く。
そして、お約束の古神像と対面した。
古神像が震え、ゆっくりと動き出す。
その手に持った長剣が、振りかぶられる。
その瞬間、俺は決闘のクーポンを起動していた。
世界が白色に塗りつぶされる。
「魔力、借りるわよ」
あかねはそう言うと、縮地を使い、相手に接近し、ブラックホールを発生させ、一瞬で相手を無に帰した。
なんだそりゃ。
仲間キャラがして良い性能ではない。
六大名家集束状態の刹那も安倍晴明も相当に強かったが、魔力を潤沢に使えるようになったあかねも相当に強かった。
クーポンの世界を閉じる。
あかねがつかつかと歩いてきて俺の両手を握る。
「やっぱ結婚しよ! 今の彼女なんて忘れてさ! 私の実家は太いぞー」
「俺はダビスタの馬じゃないんだ……今は魔力に目を奪われてるかもしれないけどそれで人選んでたら後々痛い目見ると思うよ」
「大丈夫だよ。岳志なら私の好みとそこまで離れてないし」
そう言ってぐっと顔を近づけてくる。
どうしよう、いい匂いがする。
「とりあえず、アイテム確保に動こう」
そう言って、俺はあかねの手を振りほどいて、洞窟の奥に歩みを進める。
緑色の光の光源が近づいてきた。
それは自ら緑色の光を放つペンダントだった。
「アクセサリーかぁ。これなら剣や盾と違って携帯に便利だね」
「これも神殺しの長剣みたいにクーポンの世界無効化の特性があれば良いんだけどな」
そう言って、装着してみる。
試しに、地面を蹴ってみる。
思いの外遠くまで飛んで、壁に思い切りぶつかった。
しかし、体にダメージはない。むしろ、壁が削れた。
「無効化特性あるみたいだね。やれやれ、私はお払い箱か」
そう言って、あかねは苦笑したのだった。
「帰ろう、タクシー呼ぶわ」
そう言って、あかねは洞窟を出ていった。
俺もその後に続く。
帰りの飛行機でふと気づく。
「あ、ホットシェフ食べそこねた!」
「また来ようよ。私北海道通い慣れてるから案内するよ」
上機嫌にそういうあかねだった。
楽しみにしていただけに本当残念だった。
つづく




