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深夜の来訪者

 遥が話に来たのだろうか。

 そんな期待が胸を高鳴らせた。


 しかし、扉から入ってきた顔を見て俺は真顔に戻った。

 紗理奈だった。

 一升瓶とコップを手にしている。


「ちょっと寝れなくてさ。久々におねーさんに付き合ってよ、岳志」


「不眠症かー?」


「色々考えちゃって、ね」


 そう言って床に座り込み、コップに日本酒を注ぎ始める。そして一気に飲み干した。


「今回ばっかりは死ぬかもと思ってる」


 上半身を起こした俺は、紗理奈の一言に絶句した。


「安倍晴明の時でも絶体絶命になったのに、今回は話のスケールがでかすぎる。世界を自在に操る創世石とそれを巡る神や天使の争いなんて……血の薄い私じゃ対処しきれないや」


 そう言って紗理奈は苦笑する。

 俺はベッドから降りると、紗理奈の向かいに座った。


「ここには俺も、エイミーも、アリエルもいる。大丈夫だ。紗理奈の身の安全は俺達が守る」


「ふふ、立場が逆転しちゃったね。こっちが教える側だったのに」


 そう言って、紗理奈は再び酒をあおる。


「あー、酔ってなきゃやってらんないわ」


「あんま飲みすぎるなよー。また介抱すんのやだぞ」


「私酒には強いから」


 そう言ってにへらと笑う。

 前回は酒に飲まれて失神したくせに良く言う。


 深夜の空気は独特だった。

 非日常的というか、特別な空間にいる気分になる。

 日常から切り離された特殊な時間。

 本来ならば翌日への準備期間。


「長剣と盾とやらを見せてくれる?」


「ああ、それならアリエルの部屋だな。あいつ最近配信続きで寝てんじゃないかな」


「天使もVtuberやる時代かぁ」


 紗理奈は呆れたように言って、また酒をあおる。

 日本酒をこれで三杯目。

 相変わらずペースが早い。


「聞いた情報だけでも相当なものね。神性特化。まさに神が神を殺すために作った道具」


「迂闊に手に入れてこのザマだ」


 そう言って苦笑する。

 京にいた頃は、六月までに日常に戻れば良いやと思っていた。

 いざ日常に戻ると、待っていたのは新たな非日常だった。


「ねえ、軟式王子」


「なんだ?」


「私と寝る?」


 率直に言われて、驚くほど興奮しなかった。

 紗理奈は容姿が幼すぎる。俺の守備範囲外だ。


「やだ」


「いいじゃんよー死ぬ前ぐらい。発散しとこ」


 これだ。

 紗理奈にはこれがあった。

 以前これで俺はキスを奪われている。


「酔ってるぞー、紗理奈。シラフになれ」


「これぐらいじゃ飲まれませんよだ」


 そう言って再び酒をあおる。

 そしてコップを床に置くと、両手を床において、俺ににじり寄ってきた。


「いいじゃん。減るもんでもないし」


 紗理奈が進む。


「心の中のなにかが減る」


 俺は後退する。


「うぶだなー」


 けらけらと笑う。自分だって未経験の癖に。

 そして、ついに紗理奈の前髪が俺の額にかかった。


 部屋の扉が開いた。

 空気が凍った。


「岳志……君?」


 雛子だった。

 こんな深夜に謎の来訪者二人目。


「なにしてんの」


「雛子こそ」


「私はなんとなく将来に不安があって相談に……で、二人はなにしてるの」


 沈黙が漂った。


「もしかして岳志君ってロリコン?」


 雛子の放った言葉は紗理奈の逆鱗に触れた。


「二十一歳なんですけど!?」


「うっそだー、あり得ない。私よりどう見ても年下」


「はいこれ」


 そう言ってお約束の免許証を提示する。

 雛子はそれをまじまじと見て真顔になると、頭を下げた。


「すいませんでした」


「よろしい」


 紗理奈は俺から離れると、床に座り直した。


「飲み会やってんのよ、飲み会」


「なんか釈然としないけど、私も混ぜてよ」


 悪びれずに言って雛子は紗理奈の隣に座る。

 深夜に三人でわいわいと話すのも良いか、と思った。

 その時、また扉が開いた。

 アリエルだ。


「岳志ー、パソコンなにもしてないのに壊れたにゃー……ってこんな深夜になんで集まってるにゃ?」


 アリエルが戸惑うように言う。

 素人のなにもしてないのに壊れたほど信じられないものはない。

 俺だって知識がないのに厄介事を増やしてくれるよな、と思う。


「飲み会だよ、飲み会」


「岳志未成年だし有名人だから炎上沙汰だにゃー」


 アリエルはそう言いながら、二人の隣に座る。

 これで四人。


 俺はいつからハーメルンの笛吹きになったのだろう。


「Vtuber活動は順調?」


 紗理奈は世間話のように言う。涼子経由で聞いているのだろう。


「Vtuber!?」


 雛子がひっくり返った声を上げる。


「アリエルさんVtuberなの?」


「そうだにゃ」


 隠しているわけではないのでアリエルは素直に答える。

 そう言えばアリエルと雛子の絡みというのも珍しい。


「そっか、なにやって生計立ててる人なのかと思ってたら……結構売れっ子?」


「確か最近銀盾になったらしいわね」


 紗理奈が答える。

 銀盾。

 YouTube登録者十万人達成の証。

 上澄みも上澄みだ。


 あずきとエイミーと言う日米有名タッグが脇を囲んでいるとは言えド素人のアリエルが良くぞここまで上り詰めたものだ。

 しかしこいつの雑談枠ってなにをやってるんだろう。

 懐かしアニメ談話だろうか。

 今なら無料放送でアニメが公式公開されているのでそういうのもとっつきやすいかもしれない。


「ねえねえ、雛子もVtuberになれないかなあ」


「雫にプロデュースしてもらえばいいにゃ」


「雫さんに?」


 雛子がきょとんとした表情になる。

 雫とはあずきの本名だ。

 やばい、と俺は思った。

 容易に想像がつく。


『私の知り合いの正体Vtuberのあずきだった笑』


 SNSに投稿する雛子。爆発的に増えるリプライ欄とリツイート。

 俺の身辺を探っているものから連想ゲームが始まって突き止められるあずきの正体。

 俺は慌てて話題を変えた。


「ところで選挙には行ったか?」


「私選挙権ない」


「俺もない」


 沈黙が漂った。

 話題がなかったので適当に発言したら穏やかな空気が冷え冷えとした。


「選挙に注目するのはいいことだねー」


 そう言ってするりと六華が部屋に入ってくる。


「お前はなにしに来たんだよ」


 俺はげんなりとする。

 これで深夜の来訪者四人目。


「お兄と久々に思い出話しようと思って」


「なんだかなあ。居間に移るか?」


「いいよ、寝てる人起こしちゃうでしょ。エイミーとかくったくたでしょ今日は」


 六華はそう言って肩をすくめて座る。

 六華まで混じってしまっては仕事の話もできなくなってしまったなと俺は思う。


 たまにはこういうのもいいか。


「気分でもなくなったし起きてる人呼ぼうかー」


 毒気を抜かれたように紗理奈は言う。

 そう言ってスマートフォンを取り出し、何やら操作を始める。


「あー、紗理奈も入ったんだ。ライングループ」


 男子禁制のライングループ。

 この家で俺だけが参加していないライングループ。


「そだよー。初日で招待してもらった。刹那もいるんだね」


 ぐさりと心にきた。


「雫は用事で遅れるけど酒持ってくるって。エイミーは雫と用事だとかでこれも遅れるって。遥は寝てるなこりゃ」


 寝てる、か。

 残念な気分になった。

 今二人の心の中にある溝。それが埋まるきっかけになればと希望を持ったのだが。


 しかし、エイミー、あれだけ働いてまだVtuber活動までしてるのか。

 ワーカーホリックじゃなかろうか。


「私達三人で一緒に共演してたんだけど私のパソコンがなにもしてないのに壊れたにゃ」


 未練がましくアリエルが言うので俺はその頭を叩いた。


「共演?」


 六華が戸惑うように言う。


「なんでもないんだ。アリエルはちょっと夢と現実がごっちゃになってるらしくてな」


「私は正気だにゃ」


 拗ねたようにアリエルは言う。

 頼むから空気を読んでくれ。

 結局エイミーは翌日を考えて就寝するだとかでやってこなくて、あずきが合流し、俺達は深夜まで雑談を決め込んだ。


 去り際、皆がいなくなったあと、紗理奈は呟いた。


「いつ襲われてもいい覚悟は常にしておいてね」


「肝に命じておくよ」


 ここ数日が平和すぎて忘れかけていた。

 俺は今、世界の命運を握る至宝を手にしており、それを強大な敵に狙われているのだ。


 しかし、釘を刺されていたにもかかわらず、翌日俺は寝坊した。

 アルバイトがないものだから生活時間帯が整わなくて仕方がない。

 そして、居間でテレビを見てサボりを決め込んでいる雛子と鉢合わせした。


「お前、部活とかしてないの? バイト入れすぎて学校サボってないよな?」


「出席日数は確保してるから大丈夫だよ。高校なんて大学と違ってかなりサボっても単位は取れるから」


 本当、半分フリーターの域に足を突っ込んでるなと呆れながら思う。



続く

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