インターネット上における井上岳志
『悲報 軟式王子引っ越す』
『町内野球チームも抜けるってこと?』
『表札が消えてた』
『餌付けしてたお隣の美人のお姉さんがっかりじゃん』
『それがお姉さんも消えてる』
『駆け落ち、ってコト!?』
『彼女いるでしょあの人』
『一時期は時の人だったから二股三股ぐらいあるんじゃないの。俺は正直エイミーも怪しいと思ってるよ』
『謎だなあ』
『近所の人によるとお姉さんと女の子と三人で軽トラに乗って引っ越してったって』
『新登場人物キター』
『女の子ってちょくちょく来てた後輩か妹かな?』
『なんであいつばっかモテんだよただのフリーターじゃん』
『軟式野球とはいえ全国大会の優勝投手定期しかもまだ未成年』
『話題性に飛びつくような奴はああいうのに弱いんだろうな。悪名で売ってるような連中でも結婚できてるし』
『初めて出てきた時は小柄で不定職で自信なさげに笑う弱者男性って感じだったのになあ。成長期は怖い』
『勘違いしてそう』
『まあ彼女さんもそのうち気づくでしょ。てか誰か連絡してる頃じゃない? 今頃修羅場かもよ?』
『流石に恋人に事前連絡なしに引っ越しはなくないか。バイト先一緒なんだし気づくだろ』
『っていうか今年は草野球大会中継されるの?』
『しないでしょ。去年ほど話題性ないし』
『エイミーのバーター』
『それだ、エイミーが解説するとか言い出したらするかもしれない』
『どっちかと言うと妹じゃないの解説しそうなのは。エイミー野球なんてわかんねーだろあれ』
『あの妹からはどっか狂気を感じる……マラソン耐久動画あれ黙々撮ってたんだよね』
『結局お姉さんと岳志はデキてんのデキてないの?』
『デキてたら修羅場でおもろい』
『迷惑系YouTuberでも凸ってくんないかなー』
『迷惑系YouTuberって今もいるの? 一時期吊し上げくらって絶滅したかと思ってた』
『エイミーが最初に来日した頃岳志の家に張ってた連中いたろ。ああいうのまだいるんじゃない。実際こうやって引っ越したって情報がすぐ出てくるわけだし』
『結局そういうのに嫌気がさして仲の良いご近所共々トンズラってことなのかもね』
『速報、恋人も引っ越した模様。扉が壊れてて中覗いたら本の山だった部屋が空っぽだってさ』
『なにがなんだかわかんねえなあ……こいつら何処行ったんだよ』
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『軟式王子について調べてみました。1、軟式王子とは? 2、軟式王子の経歴 3、実は野球エリートコースの名外野手? 4、高校をやめたわけ 5、現在の年収は 6、恋人は 7、芸能人エイミーとの過去 8、実は両親に勘当されていた!? 9、軟式王子の今後』
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「いやー、軟式王子失踪ですってね」
「バイトには出てるんでしょ?」
「いやそれが彼女ともどもドロンだそうで。しかも彼女さん大学休学したって大騒ぎ」
「えー。軟式王子と言えば将来の有望株じゃないですか。野球はやめないでほしいですけどねえ」
「本当ですねえ。久々にアマで話題性が一つ抜けた選手が出てきて……それも甲子園以外で。異色とも言える人材でしたからねえ。高認とって大学野球でしれっと登場してくれたらありがたい、いやできるなら草野球大会連覇も目指してほしいとこなんですが。それでは軟式王子の過去の試合の映像からその実力を紐解いてみましょう。本業は外野手らしいですけどね」
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なんの気なしに井上岳志、引っ越し、で検索したり、軟式王子、で検索したりしてみたら、掲示板やまとめサイトや動画がヒットすることヒットすること。
「エイミー……」
「なあに?」
食卓で向かい合わせになったエイミーが、俺の呼びかけに首を傾げて反応する。
俺は今画面を通じて見てきたものにげんなりしつつ、スマートフォンを持ったままテーブルにうつ伏せた。
「俺外出るの怖くなったわ。ここまで個人情報ダダ漏れとは思わなかった」
俺の住所が割れているのはエイミー騒動の一件で知っていたが、隣の家との交流、食事を作ってもらっていること、後輩や妹が出入りしていること、何よりこんなに早く引っ越しが知られていることに俺は慄いた。まあ妹の狂気が見透かされているのは致し方なしだが。
「引っ越したのはいい機会だったかもね。エイミーに感謝しなよ」
「しばらくサングラスとマスクは必需品だなあ……」
「エイミーの貸したげるよ。予備は沢山あるから好きなの持ってって」
「あんがと。あずきさんもだよー」
「私もー?」
台所からあずきの戸惑うような声が飛んでくる。
「俺の隣の部屋の美人のお姉さんって一部じゃ有名らしい」
「困る。身バレしちゃう」
そうだ、彼女は現役有名Vtuberなのだ。
そして、一番目立ちそうな奴がふらふらと上機嫌に食卓についた。
金色の目に色が抜けたような白い肌。それと対象的な全身黒装束。細い三つ編みに黒縁眼鏡。
アリエル。
ネットでの通称クソ雑魚エル。
「お前しばらく外出禁止」
「にゃ!?」
アリエルは悲鳴のような声を上げた。
ニュースになっているらしいことは聞いていたがここまで個人情報が調べられているとは。
俺のリトルリーグ時代のチーム名から監督の名前まで出てきた。
恐ろしい時代である。
「あー、有名税払ってんだからなんか見返りが欲しいよ」
「じゃ、岳志もYouTuberやってみる?」
エイミーが純真無垢な笑みを浮かべて言う。
「ヤダ、有名なるのコワイ」
「そんなんじゃMLBのスターにはなれないぞ」
からからと笑って言う。
俺以上に個人情報ダダ漏れであれこれ言われてるだろうに、天然って強い。
続く




