夜に二人で
なんとなく眠れずにいた。
神殺しの長剣は刹那が持っていた布に包んでしまってある。
あれは一体なんなのだろう。
そんな疑問が次から次へと湧いてくる。
まるで、こんな状況が来ることを予測していたかのような武器。
考えても仕方ないにゃ、とはアリエルの談だ。
あの調子だと結構ある話なのだろうか。
わからないところだ。
ぼんやりしていると、部屋がノックされた。
「はい、開いてます」
言うと、扉が開けられた。
遥だった。
「おっす」
笑顔で片手を上げてくる。
「おっす」
俺も苦笑して返す。
「夜更かしさんだなー。大丈夫かー?」
「エイミーも起きてたよ。旅先で興奮して寝られないって子、結構いるんじゃないかな」
「エイミーもかぁ」
「どっか行っちゃったけどね」
「一人で外フラフラしてなきゃ良いけど」
まあ模造神相手に痴漢なんてしようものならその後が怖い。
「んで、寝れないから君と話に来た」
「そっか」
それだけで俺達の間には十分だった。
隣り合って座る。
「お茶、出そうか?」
「いいよ、喉乾いてない」
「じゃあお菓子出すよ。UNOで雛子から巻き上げたお菓子が山程ある」
「後輩相手になにやってんだか」
ポッキーの袋を開いて、二人で齧る。
甘い味が口の中に広がる。
「バイト、復帰するの?」
遥が問う。
「うん。草野球も」
「平常運転だね。良いことだ」
遥は歌うように言う。
「なんか長いこと非日常にいた気がするよ」
「実際数ヶ月は京都にいたからねえ。安倍晴明だっけ。何度聞いてもイメージし難い話だけど」
「わかるよ。俺も渦中にいなけりゃ与太話だと思ったことだと思う」
苦笑する。
密度の濃い数ヶ月だった。
そうしてやっと、遥と肩を並べる日常を掴みとった。
「しばらくは東京にいるんでしょ?」
遥は問う。
しばらくは、という辺りが信用を失っていると思う。
「多分。けど、ちょっと探し物が増えた」
「と言うと? もう遠くには行かないよ、多分って言ってなかったっけ」
俺は暫し躊躇ったが、神殺しの長剣を包む布を解いた。
遥が息を呑む。
「この近辺のパワースポットに突き刺さっていた。古代人の知恵の結晶だ。神殺しの長剣。神性を持つ者に対して特攻効果がある」
その柄の宝玉は、自ら生きているかのように光を発している。
「……なんか不気味ね。生きてるみたい」
「こんな武具が日本各地にあるかもしれない。アリエルの精霊も駆使して今後はそういったものを探していくことになると思う。と言っても、見つかるケースのほうが稀だと思うけど」
「はー」
遥は感心したような、呆れたような、深々とした溜息を吐く。
「なんかまたスケールの大きな話になってきたね。今度は日本を股にかけるんだ」
「そういうことになるのかな……そう言われると、ちょっと憂鬱だな」
「勉強、進んでる?」
「ちょっと、休んでる。この前六華と勉強してボッコボコにされた」
「そりゃあ進学校ガチ勢とやりあったらねえ」
遥は苦笑交じりに言う。
「この戦いに終わりはあるのかな?」
遥は問う。
その瞳には、不安が滲んでいる。
「あると思う」
俺は、遥を安心させるように言っていた。
「天使達を唆した天界大戦の黒幕がいるらしい。そいつを倒せば、残党も散り散りになるんじゃないかってアリエルは見ている」
「黒幕?」
「まあ、まだ正体も知れないんだけどね。けど、必ず尻尾を掴む。アリエルにとっても姉の仇みたいなもんだ。ああ見えて燃えてるよ」
「そっか……」
遥はそう言って、体重を俺に預ける。
「ねえ。将来のこと、考えてる?」
「遥と俺、子供が二人、猫一匹」
「具体的だね」
遥が愉快げに笑う。
「その猫ってアリエルじゃないでしょうねー」
「誰があんな駄猫……」
「なら、いい」
遥は満足げにうんうんと頷く。
「で、君はプロ野球選手?」
「そんな上手くいくかなぁ。体格的にも恵まれている方じゃないし」
「ま、それまでには退魔師は卒業しててね」
「了解」
苦笑しつつ頷く。
「頑張るよ。遥との未来のためにも」
「うん、頑張れ。私はもう止めないよ。もう君は引き返せないところまで行ってしまったからね」
言われて、改めて気付かされた。
そうだ、もう引き返すという道はない。
エイミーや刹那達だけに背負わせるなんて、俺にはできない。
「ただ、約束して。無事に帰ってくるって」
「うん。遥を一人にはしないよ。それを心に留めて、俺は戦う」
手と手が重なった。
遥が、目を閉じる。
俺は息を呑み、そして目を閉じた。
顔と顔を近づける。
俺の唇は、遥の鼻に接吻した。
唇と鼻が離れて、互いに目を開けて、苦笑する。
「ごめん、もっかい! もっかい!」
「ムード壊れた。今日はもうだーめ」
そう言って、遥は立ち上がる。
「そんじゃ、また明日ね。明後日からは勉強も再開するから、明日はコンビニへの顔出ししっかりね」
「了解」
苦笑して、遥を見送る。
今日は、良い夢が見れそうだった。
+++
駅の改札口で刹那を見送る。
今度は刹那は根回しをしなくても、元気な笑顔で手をぶんぶんといつまでも振っていた。
六華も手をぶんぶんと振る。
車に乗って、一人一人、家に送り届けていく。
そして、俺とあずきとアリエルの三人になった。
「んじゃ、アリエルちゃん。早速写真整理して配信といこっか」
「了解にゃ。経費で落とすためにも頑張るにゃ」
こいつもすっかりVtuberだなあ。
呆れ混じりに思いつつ、俺は部屋に戻る。
荷物をベッドに放り出すと、椅子に座り、パソコンを立ち上げる。
スマートフォンを起動し、草野球チームのキャプテンに明日から練習に合流することを連絡する。
日常に帰ってきた。そんな感覚があった。
続く




