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黄金のクーポン

「な、なんですかいきなり」


 先輩の怯んだ声が聞こえる。


「いいからレジの中の金を出せって言ってるんだよ! こっちはイライラしてるんだ! 殺傷沙汰にはしたくねえ!」


 老男性のどら声が再度響き渡る。


「は、はい」


 これはマニュアル通りの対応だ。

 会社側も下手に反抗して怪我されるよりレジの中の現金を持っていかれる方が痛くないのだ。


 俺は慎重に移動し、相手の武装を確認する。

 包丁が一本。

 しかし、通常の包丁ではない。

 細長い、職人包丁のような。

 その切れ味は未知数だ。


 こちらは金属バットが一本。

 リーチではこちらが上だが。


 冷静になれと心の声がする。

 金を渡せばとんずらする相手だ。無理をすることはない。

 先輩の命の危機となれば話は別だが、そうとはなりそうはない。


「こ、これで現金は全部です」


 先輩がレジの中身をレジ袋に入れて渡す。

 すると、老男性は粘ついた笑みを浮かべた。


「お嬢ちゃん、よく見りゃ美人じゃねえか」


「は?」


 先輩が目を丸くする。


「脱げよ」


 主導権を握っている者の優越感を漂わせた言葉が店内に響き渡る。

 俺は唖然としていた。


「脱げっつってんだ!」


 また響き渡るどら声。

 先輩は泣きながら、制服のチャックに指を止めた。


 先輩を泣かせた。

 ここまでだ。

 俺は息を呑んで、覚悟を決めた。


 まず、頭部を殴ろうとして、やめた。

 漫画とかだとそれで気絶してくれるのだが、リアルでそれをやるとぽっくり逝かれる可能性がある。

 そうなれば俺は過剰防衛で刑務所行きだ。


 包丁を持っている右手を折る。

 そうと決めた。


 後は狭い店内でできる限りのフルスイング。

 確かな感触が俺の手に当たった。


「いってええええ」


 老男性の声が響く。

 そして、彼は振り向いた。

 酔っていて顔が真っ赤なこともあって、鬼のような形相だった。


「てめええ」


 後は互いの武器を振り回す素人同士のちゃんばら。

 しかし、金属バットのリーチがでかい。


 軍配は俺に上がった。

 老男性は当たらない攻撃に疲れ果て、その場に崩れ落ちた。


「いてえよ、いてえよ……」


「先輩、救急車と警察」


 呆けていた先輩は、慌ててその連絡を始めた。

 そして、俺の傍に駆けてくる。


「傷……」


 不安げに言う。

 興奮していて気づかなかったが、俺の頬にはぬるりとした感触があった。

 血が、流れている。


「ごめんね、私のせいだね」


 先輩は泣きながら、何度もハンカチで俺の頬をふいた。


「俺は年下だけど男です」


 胸を張って言う。


「女の子を守るのは、男の役得です」


 先輩はキョトンとした表情になった後、涙を拭って俺の頭を小突いた。


「生意気言うな」


 そして、緊張の糸が切れたように、ころころと笑った。

 その日の俺は、病院で傷の縫合を受けた。思ったより深い傷だったらしく、何針も縫った。

 その御蔭か、正当防衛が成り立ち、無罪放免となった。


 コンビニの小さなヒーロー、なんて見出しでニュースにもなった。

 テレビに写って要領を得ない受け答えをしている自分を見て、気恥ずかしい気分になったものだ。


 色々あって疲れて帰ってパソコンを立ち上げる。

 くるみの放送は今日も生放送中だった。


「コンビニの小さなヒーロー、かっこいいね。くるみにもそんなヒーロー現れないかなあ。まあ無理だろうけど」


 俺達がヒーローさ。なんて熱狂的なコメントが沢山つく。


「男運悪いんだ、私」


 おやおや、また愚痴に繋がっちゃったぞ。

 そういうとこで人気落ちてるんだぞ、と思う。

 まあ、こういう人もいるということで勇気づけられる俺みたいな人間もいるわけだが。


 スマートフォンを開く。

 そういえば先輩にもらった不思議なクーポンがあった。

 次来た時使ってみてねと言われてみたものの、なんのクーポンなのか判別つかない。

 特別クーポンとだけ書かれたそれは、金色の輝きを放っていた。



続く




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