人は急には変われない
さて、一泊二日の温泉旅行の前日の夜になった。
いつもの面々に刹那を加えての旅行だ。中々に楽しみだ。
アリエルとあずきはいってきますの報告も兼ねてもの配信の最中だ。
エイミーもいる場所は違うが同じ配信に出ているらしい。
あずエルミー三人衆、なんて呼び名が定着しつつある程度には恒例化しているんだとかなんとか。
ベッドに寝転がってぼんやりと壁越しに声を聞いていると、スマートフォンが鳴った。
刹那からのラインだ。
『どうしよう、自信ない』
グループラインで上手くやっているんだと思っていたんだけどな。
友達ができて間もない刹那。しかも顔合わせは今回が初めてだ。それは緊張するかもしれない。
『素で行けばいいよ。母親やメイドさんに対して見せてるような感じでさ』
『誰にでも出せてたら苦労しない』
即座に返信が来る。
相当切羽詰まっていると見える。
『眠れないのか?』
『寝ようとしてるんだけど上手くいかなかったらどうしようってそればっかり考えて頭の中ぐるぐるで。寝れない』
(……ラインじゃ饒舌なのになあ)
どうしてこの饒舌さを現実に持ち込めないのだろうと思う。
『ライン打ち込む時、なに考えてる?』
返事が来るまで、少しの間があった。
『なにも考えてない』
『なら、現実でもなにも考えずに発言して、なにも考えずに行動すれば良い。なにも考えずにって言っても、最低限の気配りは必要だけどな』
『それで上手くいくかな?』
『グループラインじゃ上手くいってたんだろ?』
しばし、沈黙。
『頑張ってみる』
それきり、返事は途絶えた。
放送が終わったらしく、アリエルが帰ってきた。
「ただいまー」
「お疲れさん」
「放送聞いてたにゃ?」
「お前の放送は極力見ないようにしてるんだ、俺」
「にゃ? なんでにゃ?」
「お前迂闊なこと言いそうで心臓に悪い」
あずきはベテランだ。その辺り心得ている。
エイミーはオープン過ぎて少しぐらいなにかがバレてもノーダメージ(なにせ子供時代に書いた婚姻届を大事に取っておいたのを自らバラしても熱心なファンが残ったのだ)だし、パワハラとか不倫とかバレてイメージダウンになるようなことをやるような奴でもない。
しかし、アリエルの失言はそのまま俺への社会的ダメージに直結する可能性があるのだ。
Vtuberとしてのアリエルのガワまで用意してくれたあずきの手前やめろとは言えないのだが、あまり見たくないというのが本音だった。
翌朝、駅まで俺とエイミーと六華が刹那を迎えに行く。
今回は荷物も多くなるのであずきはレンタカーを借りに行っている。大半のメンバーもそちら側だ。
駅の改札口で待っていると、リュックを背負った刹那がやってきた。
相変わらず、造り物めいた可愛らしさだ。
感情の見えない表情をしている。
六華との初めての対面なんだからもっとこうはしゃいでみせるとかしてみれば良いのにな、と思う。
その方がポイント高いんだぞ刹那。
その辺り根回ししておかなかった俺の失態かもしれない。
「よう、刹那! 数日ぶりだな」
「……人が多いのね、東京って」
刹那は、無感情に言う。
肩透かしをくらったような気分になる。
初期化されてないこの子。初対面の時と似た感じなんだけど。
「刹那? 刹那なんだね! 私だよ、六華だよ!」
そう言って、六華は目を輝かせて刹那の顔を覗き込む。
刹那は目をパチクリとさせる。
「よろしく、六華」
「電話じゃ一杯お話したよね。なんか印象違うなー。クールだねー」
「テンション高いほうじゃないんだ。ごめんね」
無感情に言う。
それって半分拒絶の言葉に聞こえない?
しかし六華はめげなかった。
「そ、そうなんだー。けどポムポムプリン大好きなんだよね?」
「好きってほどでもない。たまたま母親が人形くれたから持ってるだけ」
嘘つけ、抱きついて寝てた癖に。
六華が戸惑うような表情になってきた。
これは、初対面の時に俺が刹那に抱いた感情と似たものを覚えているのだろう。
つまるところ、掴み所がない感覚。
得体のしれないものを見る感覚。
これは教育が必要そうだ。
「刹那、ちょーっとこっちこい」
「なに? 岳志。他の人と合流するんじゃないの?」
表情も変えずに言う。まるで六華には少しも興味がないかのようだ。
「その前にお前と語り合う必要がありそうだ」
「……怒ってる?」
俺は笑顔で、一つ頷いた。
俺は他のメンバーから離れた場所へと歩き出す。
刹那は後をとぼとぼとついてくる。
そして、距離ができたところで、刹那の頬をつねった。
「……岳志、痛い」
「なんで見栄張っちゃうかなーなんで素を見せれないかなー」
高飛車で孤立させてくださいと言わんばかりだぞ。
刹那の表情が変わった。
俺と二人きりなら地が出せるらしい。
困ったような表情になった。
「七年ぐらいこのモードで人と会ってたからこっちの方が私にとってはなにも考えない状態なんだけど……うん、なんかまずい流れなのは察してる。泣きそう」
「わかった。俺の言い方が悪かった。ちょっとお前下手に出ろ。それぐらいで丁度いい」
「下手に出るって?」
「微笑みかけたり、調子を合わせて話を合わせたり、場合によっては正直なことを言ったりだ。高尚でクールな刹那像なんてかなぐり捨てちまえ」
「そんなイメージ作ってた覚えはないんだけどなあ……」
「まず笑顔だ、笑顔。周りと同じ表情合わせとけ」
ラインの登録をしたりグループラインに参加したり結構前進したと思ったんだけどな。
まだまだ刹那は前途多難なようだった。
けど、これからということだろう。
これから何度も失敗すれば良い。
これから何度も間違えれば良い。
最終的に友達と笑い合えるようになればそれでいいのだ。
「努力する」
刹那は、ぐっとガッツポーズを作ってみせた。
(やる気はあるんだよな……経験不足なだけで)
「表情を合わせる、本音を出す……」
ブツブツ呟いて、刹那は六華に駆け寄っていく。
「ごめんね、六華。緊張してちょっと見栄張ってた」
微笑んで言う。
「私、ポムポムプリン好きだよ」
六華は安堵したように微笑む。
六華の中で、刹那は未知の生命体から同年代の子供へと無事昇格されたようだった。
こうなると後は早いもので、同年代だから話題はいくらでもあるだろう。
「じゃあ他にどんなサンリオキャラ好き? 子供の頃どのキャラ好きだった?」
「子供の頃お母さんがね……」
六華が歩いていき、刹那がその後をついていく。
六華は上機嫌に話し、刹那の声はどんどんテンションが上がっていく。
エイミーは俺を見て苦笑した。
「指導ご苦労さま」
「先に会っといて正解だった。皆の前でまた今日は風が静かね……なんてやられた日には空気が凍ってたぜ」
想像して目眩がする。
けど、これがきっかけになればと思う。
そう、刹那に必要なのは、経験ときっかけ。
踏み出す勇気はもう得ている。
後は化けるきっかけさえあれば良い。
同年代の友達と喋る嬉しさから、どんどんテンションが上がっていく刹那の声を聞いていると、そのきっかけはこの旅の中にありそうな気がしてきた。
「なんか俺、この旅がすげーいい旅になりそうな気がしてきたな」
「今更だよ」
エイミーは再び苦笑する。
「けど、ああいう子だったんだねー刹那って。戦闘中は結構喋ったんだけどなあ」
「戦闘の中でしか生きてこなかった奴だからな。日常に馴染むには俺達が背を押してやるしかあるまい」
「だね。今度は私が、手を差し伸べる側だ」
エイミーはそう言うと、足取りも軽く歩き始めた。
俺も、その後を歩き始める。
本当に、いい旅になりそうだった。
続く




