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役者は揃った

「空飛んでるしあの闇も人魂も危ない気配がするな」


「あの人魂は人間には即死攻撃にゃね。闇も消滅系の結界だと考えるべきだと思うにゃ」


 戦線に着くなりの把握と高速分析。

 歴戦の二人の参戦に、長く続いた緊張の糸が切れた刹那だった。


「安倍晴明は半神。この二十分程度でもかなりの進化を見せた。人の成長速度と神の限界のなさを両立した化け物みたいな存在。分析の通り人魂は即死攻撃で闇は消滅系。範囲は最大半径二百メートルほど。後飛行速度は私のトップピードに匹敵する」


「なにそのクソゲ」


「クソゲだにゃ」


「理解の速さに感謝するよ」


 刹那は思わず泣きそうになる。

 エイミーとの戦いは手探り感が強く若干心許なかったが、今回は本当にただただ心強い。


「闇にどう対策してた?」


「あかねとはじめが複合術式で闇に対抗する光を生み出していた。私はそれで防いでいた。後はエイミーさんの飛空術で」


「……エイミー?」


 岳志が不味いものでも飲み込んだような表情になる。


「おーい、岳志ー」


 ふらふらとエイミーが空を飛んでくる。


「あれでも戦力。闇を無効化する光を放つ。それは強制的な理の上書き。テキストファイルのバックスペース機能みたいなもの」


「そいつぁ強力だな。流石は模造神。しかしあのジジイ、エイミーまで巻き込みやがったか……けどエイミーいなかったら刹那が死んでそうな相手のスペックだし、ううん」


 そう言って唸ると、岳志は刹那を降ろした。

 そして、気分を切り替えた、とばかりに宙を浮く晴明に向き直った。


「戦力は大体把握した。後は任せろ」


「大きく出たな」


 せせら笑うように晴明は言う。


「はるか昔の時代にもお前のような者がいた。人間でありながら天界に利する裏切り者。尽く返り討ちにしてやったがな。我が子孫も、模造神も倒し得なかった。その私を、お前がどうやって倒す?」


「いや、今の情報で大体必要な情報は出揃った。俺の勝負勘が正しければ、お前は五分以内に死ぬ」


 晴明は唖然とした表情になった後、高笑いをした。


「精々女神に補助してもらって神殺しをして驕り高ぶっているようだな。人間風情が。私の能力を聞いてなんとも思わなかったのか? 模造神すら私の前には退くしかなかったのだぞ」


「刹那には決定打を叩き込む機会がなかった。エイミーには決定打そのものがなかった。けど、俺の縮地と退魔の短剣ならば、お前に届き得る」


「ふむ……?」


 晴明は怪訝そうな表情になる。


「面白そうじゃないか。私も楽しくなってきたところだ。以前はいなかった強敵を前に私は徐々に形態を変化させている。形態変化を覚えた私は無敵だ。退魔師如き以前のように軽々と屠ってくれよう」


 そう言って、晴明は十の人魂を岳志に向かって放った。

 岳志は軽く地面を蹴って移動する。

 それだけで、二十メートルは軽く移動していた。


 人魂はなにもない地面の前で停止する。


「今、なんかしたか?」


「……素早さが売り、か。今の人間の流行りかな。そう言えば縮地と言っていたか」


「術じゃ真似出来ないぜ。地道なレベルアップの賜物だからな」


「良いだろう。私はいかなる敵にも適応して形態を変化させられる。お前の縮地を破る日が楽しみだ。幸い、時間は無限のようにある。そして、全てを無に帰す私の複合術式の闇は、お前のいかなる武器をも、いかなる攻撃をも阻むだろう」


「ああ。俺どころか、アリエルの攻撃も届かないだろうな。届き得るとしたら、情報を聞く限り、あかねとはじめの複合術式だろう」


「物わかりが良いではないか。では、始めようか。お前が言うところの、くそげとやらを」


 晴明が戦闘機のような速さで飛ぶ。

 それ以上の速度で、岳志は距離を取る。

 そして、両者はあっという間に小さくなっていった。


 その数秒後、岳志だけがあっという間に戻ってきた。

 そしてエイミーに耳打ちする。

 エイミーは難色を示したが、それで終わるからと岳志に言われると渋々と言った感じで一つ頷いた。


 晴明は中々戻ってこない。

 刹那は立ち上がる。


「今の晴明を一人にしておくのは危険。岳志に適応して形態変化する可能性がある。人間は状況に適応して進化する。彼はその特性を自ら強化しているように見える……言わば、人の上位種」


「半神って時点で人の上位種だろうや。ま、しばし待とうぜ」


 そう言って、岳志は座り込むと、片手を背後に置いて体重を預けた。

 本格的に寛いでいる。

 刹那は苛々としてきた。


 これ以上状況が悪くなる前に自分一人で特攻するのもありではないかと思えてきた。

 それを見透かしたように岳志は言う。


「まあ落ち着け刹那。状況の分析は済んだ。情報は出揃った。後は伸るか反るかだ。俺は初球ストレートに張った。確率は大体八割。残り二割が来たらごめんなさいだ。刹那はエイミーを保護して逃げてくれ」


「そんなの……ずるい」


 どうあっても刹那を生かす気ではないか。


「お前もやったことだろ?」


 からかうように岳志は言う。


「あかねさんと紗理奈が泣きながら言ってたぞ。刹那は自分を犠牲にして自分達を逃がしてくれたって。俺より年下のお前がやったんだ。俺がやっても文句は言えまい」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「しかし、人間と神のハイブリットって試みは興味深かったな。刹那ってライバルを得て進化を覚えてどこまでも強くなる。エイミーってイレギュラーがなければどこまでも進化して、最終的には女神をも凌駕したかもしれん」


「……なんで過去形なの?」


 自信過剰ではないか、と刹那は不安になる。


「エイミーの攻撃が通る以上、遅いか速いかの違いだからだ。エイミーが修行を積んで火力を高めるか、俺がこの場でとどめを刺すか、どちらかの違いでしかない。理の無効化というチートを持っているエイミーが相手側にいる以上、不死者ではない晴明は既に詰んでいる」


 言われてみればその通りなのか。

 つまり、自分の役目は確実にエイミーを逃がすこと。

 例え岳志が失敗しても希望の芽を残すこと。


 責任は重大だ。

 表情が引き締まる。


「わかったみたいだな」


 岳志は微笑んだ。

 刹那は、一つ頷いた。


「さて、長かった京都滞在もこれでお仕舞いだ。墓の中かアパートかは運次第だけどな」


 そう言って岳志は立ち上がる。

 そうだ、これが終われば岳志は帰るのだ。

 寂しかった。

 友達になろう、という言葉にまだ返事も出来ていない。


 ろくな朝食も披露できていない。

 あれから密かに練習しているのに。

 何より、話し相手がいなくなるのは寂しかった。


「お前、ラインインストールしろよな」


 岳志が言う。


「暇な時は話し相手ぐらいにはなれるから」


「うん」


 自分のものとは思えない上機嫌な声が出た。

 その時、ものすごい速度で晴明が接近してきた。

 形態変化している。

 既に人間としての姿は捨てている。


 上半身が鯱に腕の生えたような姿をしており、前傾姿勢で、空気抵抗の少ない変化をしたのだというのがわかる。

 圧倒的な速度だ。


「まずいな」


 岳志が、ポツリと呟いた。


「アリエル」


「なんだにゃ、怖気ついたにゃ?」


「人魂、なんとかできるか」


「まああれが術なら魔力で相殺も可能かにゃあ」


「刹那」


「うん」


「五秒でいい、晴明の前進を止めれるか」


「五秒なら壁になれる。人魂がないならなんとかなる」


「じゃあ、各々役割を果たそう。俺は俺で、一瞬のタイミングを見極める」


 岳志はなにをしようとしているのだろう。

 そう思いつつも、刹那は光を展開した。


 あっという間に、晴明はやってきた。


「フレイムヴォルケイノ!」


 アリエルの広範囲爆破攻撃で人魂が吹き飛ぶ。

 今だ。

 刹那は相手の間合いに飛び込んだ。

 勢いに思わず押し込まれる。

 いや、こうしている間にもずりずりと後ろに押されている。


 ほんの三十分ぐらい前までは対等に殴り合える相手だったのに。

 これが半神。

 なんて進化速度。


 かつての時代にはライバルもおらず、進化しようという発想そのものがなかったのだろう。

 現世においてその必要性を求められた天才は、人類にとっては不幸なことにそれを可能とする能力を持ち合わせていた。


 しかし、止めた。

 光が降り注ぐ。

 エイミーの光だ。

 それが、複合術式を全て散らした。

 刹那の腕も若干焼け、痛みに顔を歪める。

 しかし、岳志のしたいことはこの瞬間に理解できた。


(いけ、岳志!)


 それはまさに縮地だった。

 闇が散ったその瞬間に、岳志は晴明の首を断ってその遥か後方に着地していた。

 晴明は斬られたことすら認識できなかったのだろう。

 ほくそ笑んだ表情のまま、首だけが転々と転がっていった。


 そして、その体が砂となっていく。

 岳志が跳躍し、刹那の眼前に着地する。

 そして、その手に優しく触れる。傷まないように、壊れ物を扱うように。


「なっ」


 思わず、頬が熱くなる。


「ヒール」


 緑色の光が放たれて、刹那の傷が癒えていく。


「帰ろう、刹那。終わりだ」


「ねえ、岳志」


「なんだ?」


 勇気を出すのは今だ。

 そう、刹那は自分を鼓舞する。

 そして、絞り出すように言った。


「友達になろうよ」


 岳志はきょとんとする。

 そんなに自分は変なことを言っただろうかと刹那はショックを受けた。

 しかし、次の岳志の言葉で、安堵した。


「もう友達だろ」


 刹那は安堵の息を吐くと、座り込み、涙が一筋頬を伝うのを感じた。

 涙は次から次へと溢れ、止まらなかった。


「ごめんね、おかしいね、変だな……」


「この女泣かせ」


 エイミーが揶揄混じりにいう。


「え、これ俺悪いの?」


 岳志は戸惑うように言う。

 そして、刹那に向き直る。


「ごめんなー、刹那ー、なんか知らんけど泣くなー」


「私だって、ひっく、好きで、泣いてるわけじゃ、えっぐ、ない」


 困った。涙が止まらない。

 命の危険から脱した安堵。受け入れられたという安堵。二つの安堵が相乗効果を発揮して涙となって中々枯れなかった。

 なんにせよ、京の動乱はこれにて終わったのだった。

 それは、一人ぼっちを拗らせた女の子に二人友達ができたという、それだけの物語だった。そして、一人の座り込んでいた女の子が一歩を踏み出して歩き出す物語だった。

 かつてブランコに一人で乗っていた女の子が少年の手を取って歩みだしたように。




続く

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