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悪寒

 その時、俺は空間の壁を超えて刹那に異変が起きていることを察知した。

 ゾーンに入っていた集中力が乱れる。

 敵の一撃を腹に受け、血を吐き、思わず後退する。


「岳志?」


 アリエルが戸惑うように言い、俺の前に壁となって立つ。

 俺はヒールを唱えて傷の回復に務めた。


 悪寒がした。

 刹那に悪いことが起こっている。

 何か良くないことが起きる予感がする。


 いや、それは予感というより実感に近い。


「片付けよう、アリエル」


 俺は、呟くように言って、立ち上がった。

 再び、ゾーンに入る。


「何か、良くないことが起きようとしている」


 アリエルの表情が引き締まった。

 シュリアルは妖しく微笑んだ。



+++



 エイミーは背筋に寒気を覚えて身震いした。


(大きな力を持った誰かが泣いている……けど、一体誰?)


 紗理奈と六華が似ていると感じた時に似た感覚がある。

 今泣いている彼女と似ているのは――過去の自分自身?


「お主も感じたか」


 白髭の老人が言う。

 憂いを帯びた表情をしていた。


「この気配は六階道のものだ。一時は優勢になったのかと感じていたが……敵も狡猾よ。何か良くないことが起きているのかもしれんの」


 そう言って、顎髭を撫でる。


「訓練はもう十分にしました。私に、目的地を教えて下さい」


「生半可な戦力は相手に吸収される」


 淡々とした言葉で老人はエイミーの言葉を退ける。


「あと二十分。その程度、君の想い人なら稼いでくれるだろう」


「二十分……」


 永遠のように長い二十分になりそうだった。



+++



 刹那は、思考を放棄していた。

 もう、考えるのが嫌だった。

 自分の運命を呪っていた。

 孤立するために生まれてきたような自分。捧げられるために生まれた自分。そんな自分が嫌だった。

 変える勇気もない自分が嫌だった。


 嫌だけど、変える勇気がなければ先には進めない。

 結局、勇気がなければ人は進めないのだ。

 だから、その先に待っているのは一つ。

 思考の放棄と、惰性。


「そうだ、それでいい。君はなにも考えなくて良いんだ。考えれば考えるほど辛くなるだろう? 人は勝手だ。人は自分のことばかり考える。人は思いやりに欠ける生き物だ。人は自分の視点でしか物事を見られない。それとまともに付き合って生きていくことのなんて馬鹿らしいことか。人間社会で生きていくには君はあまりにも純粋すぎた」


 甘美な声が響く。

 この声は自分を理解してくれる。

 そんな錯覚が刹那を錯乱させる。


「もう君は、楽になっても良い」


 優しい、優しい声だった。

 そうか、自分はもう楽になって良いんだ。

 一人で、どうして自分だけ上手く出来ないんだろうだなんて悩まなくても良いのだ。

 人と触れ合うことに怯えなくて良いのだ。


「……この光に触れれば、楽になれるの?」


 あかねが何かを叫んでいる。

 けど、なにかに遮断されているかのように聞こえない。

 あかねだけではない。

 与一も、紗理奈も、陸も、はじめも、叫んでいる。

 けど、聞こえない。


 ノイズだ。


 彼らは所詮人間。

 自分の測りでしか物事を決められない。自分の視野で見えるもの意外は認めない。旧時代の遺物。

 これから刹那は彼らと一線を画した存在となるのだ。


 そう、半神へと。


「そうだよ。君は考える必要がなくなる。苦しみも悩みも思考のパターンの一種だ。それを放棄できるなんて楽だと思わないかい?」


「苦しみも……悩みも……」


 ノイズが走る。

 それは、朝のキッチン。

 目玉焼きが上手く焼けない。

 表面は生なのに裏面ばかり焼けて焦る。

 なんのためにそんなことをしていたんだったか。


 焦れたように、見えない手が刹那の腕を掴んだ。

 そして、無理やり動かして、光の球へと誘導した。


 球に触れた瞬間。

 世界が割れた。


(ああ、そうだ――)


 思い出した。


(岳志に美味しいご飯作って、少しは、友達に――)


 世界が消える刹那、最後に思い出したのは、それだった。



続く




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