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イップス

 朝のグラウンドを真新しいジャージで走る。

 やっぱり体を動かすのは心地良い。

 ブランクで少し体が重いがアドレナリンがそれを忘れさせてくれる。


「もう来てたんですか?」


 麦茶のボトルを持った幸子が呆れたように言う。


「おせーぞ幸子」


 俺はからかうように言う。


「よ、四時半ですけどね」


「六時までだから練習時間なんてあっという間だ!」


「やる気満々、ですね」


 そう言って、幸子はボトルを置いてガッツポーズを作って見せる。


「おうよ、バリバリよ!」


「私も嬉しいです」


 と、順調だったのはここまでだった。

 メンバーが集まり練習が始まる。

 期待の新人であるところの俺はおじさまがたに大歓迎を受けて可愛がられた。

 そして、一番最初の打撃練習を任される栄誉を与えられたのだった。


 バッティングピッチャーがボールを投げる。

 それを打つ。

 済んだ金属音が響いた。


 インパクトの瞬間、脳裏に、骨を折る感触が蘇った。


「相変わらず飛ばすねえ」


「んだんだ」


 いや、それは金属バットの、それもよく飛ぶモデルだからだ。

 木製バットならば、それどころか高野連の規定モデルのバットならば、ただのポップフライだ。


 違和感を覚えつつも次の打球を放つ。

 結果は同じ。


「ごめん、投げる方回って良い? ちょっと久々で調子悪いみたい」


「あんだけ飛ばして調子悪いっちゃあ贅沢だなあ」


 笑い声が上がる。

 そんな中、幸子だけが笑っていなかった。


 マウンドに立つ。

 思い返すのはファイアアローでケルベロスの口を貫いた時のこと。

 頭を振る。


 ここは現実世界だ。魔法なんて、発生しない。

 そう思いつつも、投じられた直球は全力とは程遠いものとなった。

 それでも、町内会草野球チームのおじさまは空振りする。


「タケちゃん、ちょっと遅くなったか?」


 周囲の面々も流石に違和感に気づき始めたようでざわつき始める。


「ブランクのせいかな、ははは」


「大会近いんだから頼むぜー。タケちゃんはうちの秘密兵器なんだからよう」


 そう、近いうちに大会がある。小さな大会だが、今の俺には馬鹿にできない大会だ。

 練習が終わった後、ネットを掴み、溜め息を吐く。


「……完全にイップス、ですね」


 いつの間にか側にやってきていた幸子が言う。

 流石元野球強豪校のマネージャー。見逃さなかったか。


「なんでだろうな。インパクトの瞬間。骨の折れる嫌な感覚が脳裏に蘇るんだ。これ、なんとかなるのかな」


「心の病気は長くかかると聞きます。岳志君の実力なら、七割方発揮できれば草野球ならある程度ごまかせるかと」


「けど、それじゃあ幸子に勇気を与えられるような選手にはなれない」


 幸子はキョトンとしたような表情をした後、目まぐるしく視線を移動させた。


「精神修行、しなくちゃだな」


「あ、新井選手にあやかって火にでも炙られてみます?」


 幸子の声は何故か裏返っていた。


「あれ意味あるのかなあ……」


 そんな事を話しつつ、帰路につく。

 帰り道、高校野球の朝練部隊とすれ違う。そこで俺は、思わず足を止めた。


「コンビニの小さなヒーローさんじゃん、野球辞めたんじゃなかったんだ」


「やめろよ、バットで殴られるぞ」


 そうケタケタと笑い声がする。

 幸子が憤慨したようになにかを言いに行こうとし、それを片手で止める。


 今いた集団の中。

 その中の誰かが、あずきの時よりも強いオーラを、確かに放っていた。




続く

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