罠
岳志達は行ってしまった。
この一連の騒動にもついに終わりが訪れるのだろうか。
長かった。
悪霊つきが頻出するようになってから心の休まる暇がなかった。
学校も休むことになったし、日常とは程遠い毎日に身を投じてきた。
それも、終わりか。
(友達でも作るかな)
どういう心境の変化か、刹那はそんなことを思った。
岳志の妹との会話。あれは面白かった。
あんな体験ができるなら、友達というのも悪くはない。
自分の感情を隠して生きることが傷つかない一番の道だと思って生きてきた。
けど、傷つくことを恐れなければ、楽しいと思えることも増えるのかもしれない。
なにより、今は。
(岳志と友達に、なれるかな)
まずはラインのアプリをインストールするところから始めてみようか。そんなことを思う。
そんなことを思っていたら、スマートフォンが鳴った。
画面に表示された文字を見て顔が引き締まる。
陰陽連からだ。
精霊の襲来。
その結界の地には、六大名家の人間が一人もいないという。
つまるところ、雑兵のみだ。
一刻も早く向かわなければ。
刹那はヘリコプターに乗って、現場に急行した。
指定された場所に十分ばかり遅れて降り立つ。
ヘリコプターはホバリングしてその場で待つ。
建物の中に入ると、不気味なほどの静寂がその場に待っていた。
誰もいない。
精霊すらもいない。
これはなんだ?
躊躇いつつも、周囲に気を配りつつ、足を進める。
結界の光が、目に入った。
キィン
結界が、鳴った。
刹那に共鳴するかのような。
キィン、キィン
鳴いている。
結界が、鳴いている。
「これは……?」
刹那は無感情に言う。
そうなったのは、ただの癖だ。
本心では僅かに焦っている。
なにかが起きようとしている。
しかし、それがなにかはわからない。
結界の光は徐々に増していく。
そしてそれは、ついに刹那をも飲み込んだ。
刹那は思わず、目を閉じた。
目を開くと、そこは、宇宙空間だった。
しかし、地面があり、しっかりと立つことができる。
巨大な光があり、その中には赤子のようなものが胎動している。
周囲を見渡すと、六大名家の当主が勢揃いしていた。
「皆、なんでここに?」
刹那は戸惑いながら言う。
「六階道か……」
与一が戸惑い混じりに返す。
「なんだここは、どこなんだ」
陸は不快げに言う。
「……はめられた、かも」
あかねが呟く。
「そのようね」
紗理奈がやれやれとばかりに言う。
「なんだよ、わかるなら説明してくれよ」
はじめが子供らしく感情を顕わにして苛立たしげに言う。
「我が子孫達よ」
その声に、緊張が走った。
巨大な光の前に、男が一人現れた。
古風な出で立ちをした、洋服どころか和装の、これぞ陰陽師と言った感じの男が一人。手には扇子を持っている。
その格好、その威圧感、そして同じ血を引く六人が集められたこと。
それらの条件から、彼が安倍晴明だということは言われずともわかった。
他の五人も、それは同じようだった。
「……実体じゃないわ。幻影よ」
あかねが言う。
「我が封印は、結界の地に六つに別れた血の子孫が降り立つことで第一段階が解かれる仕組みとなっていた」
全員が絶句する。
ならば、この状況は全て、仕組まれていたということ。
陰陽連内部の敵が、相手と組んでここまで巧妙に流れを仕組んだ。
「第二段階は、お前達の力を我に注ぐこと。我が復活は陰陽師の力の復活。どうかその力、我に委ねぬか」
全員が黙り込む。
幻影とは言え、その放つ威圧感は半端なものではない。
これが半神。
精霊クラスに苦戦する刹那達では倒せるかは怪しい。
しかし、刹那は一歩前に進んだ。
「安倍晴明。答えはノーよ」
「刹那?」
紗理奈が訝しげに言う。
「多くの人が日常を生きている。友達と、家族と、他愛のない日常を生きている。それはかけがえのないもの。支配するべきものではない。私はそれを守るためならば、可哀想だけれど貴方を犠牲にする。貴方と、戦う」
それが、刹那が出した新たな答え。
一人を犠牲にして数え切れない人々の日常を守る。
「俺も同意する。六階道。言っていたな。俺達六人が揃えば安倍晴明も倒せるはずだと。証明してもらおうではないか」
与一がそう言って、刀を抜く。
「やれやれ、やるしかないみたいねー」
紗理奈が札を引き抜く。
「……策はある。皆、私の指示通りに動いて」
あかねは腕を組んで、前を見据えている。
「あいよ、お姫様。実力のない人間なりに頑張りますよっと」
陸は卑屈だ。
「俺の才能はあんたを超えている。そう証明してみせる」
若さゆえの向こう見ずさか、はじめは一人でも勝つ気でいる。
「私達は貴方を超える。ここで貴方の物語はお終いよ、安倍晴明!」
刹那はそう言って、構えを取った。
安倍晴明は扇子を畳んで顎元にやると、小さく微笑んだ。
続く




