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何事も練習だ!

 六階道邸に再度来訪する。

 今日は襲撃がないと良いなと思いつつも、進展がなければ帰れないという二律背反。

 いっそ敵の本拠地に攻め入れれば良いのだが、その本拠地というのがどこにあるかわからないのが困ったものだ。


(アリエルが来訪した頃にはあの廃病院に敵戦力はかたまっていたんだろうか……)


 ふと、そんなことを思う。

 神格を持つと認められたアリエル。

 それが撤退を余儀なくされたということは、数で負けたとしか考えられない。


 少なくとも、アリエルならば風の精霊も炎の精霊も単体ならば軽く片付けてしまったはずだ。

 そんなことを考えながら、六階道邸のドアホンを押した。


「こんにちはー」


「あ、岳志君。刹那なら調理中だから、入って入って」


(調理中……?)


 この広い六階道邸ならメイドの一人や二人はいそうなものだが。

 促されるがままに広い庭を進んで邸内に入る。

 このグラウンド並に広い庭を見るたびに、金はあるところにはあるものなんだなと思い知らされる。


「さ、入って入って」


 興奮気味の刹那母に背中を押されて邸内を進む。


「な、なんですか?」


「刹那ちゃんねー、岳志君に朝食作りたいみたいなの。食べてあげてよ」


「俺に……?」


 本格的に刹那という人間がわからなくなってきた。

 妹は一体どんな手品を使ったんだろうか。

 食堂に通され、大きなテーブルの一席につく。

 若いメイドさんが笑顔でやって来た。


「コーヒーと紅茶どちらになさいますか?」


「えーっと」


 どちらも飲む習慣がない。


「お任せで」


 メイドさんは目を丸くすると、愉快げに返事をした。


「かしこまりました」


 そうして一旦下がる。

 隣に刹那の母が座る。


「いやああの子、あの歳になっても女の子らしいことまったくしないから、私心配してたのよ。それを料理するって言い出して。天変地異の前触れじゃないかしらって」


「はあ……」


「岳志君が来てからあの子、段々変わってきているわ。その調子でどんどんいい影響を与えてあげてね」


「善処します」


 そんな事言われても困る、というのが正直なところだ。

 変わるのは本人だ。俺がなにをしても変わらないものは変わらない。

 変わったということは本人に元々その素質があったというだけだ。


 刹那がげっそりした表情で食堂にやってきた。

 そして俺の顔を見て目をわずかに大きく開く。


「岳志……いつの間に」


 お、いつもの無感情な声。

 同年代の女子と話した興奮は冷めやったか。


「刹那ちゃん、お料理できた? 岳志君待ってるんだから」


 刹那は目をまん丸に見開いた。


「お母さん! 余計なこと言わないでよ! 私は料理なんて作ってないわ!」


 刹那のものとは思えない大音量の声が食堂に響き渡る。

 ママではなくお母さんと呼ぶ辺りが見栄を張っていると思う。


「ええ、けどママ、岳志君に朝食の準備は進んでるって言っちゃったわよ」


「今から美里にでも作ってもらえばいいのよ」


「けどせっかく作ったんだから、ね? 食べてもらいましょうよ」


「作ってないったら作ってない! 私はなにも作ってない!」


 この様子じゃ失敗したんだな。

 まあそりゃそうだ。昨日までメイドに食事を全部準備してもらっていた奴が今日いきなり上等な朝食を作れるはずもない。


「お食事お運びしますー」


 メイドさんがそう言って、食事を運んできた。

 刹那の顔が真っ赤になる。


「美里! 貴女裏切る気?」


「お嬢様の初料理ですから、捨てるなんてとんでもございません。食べていただかないと勿体ないと言うもの」


「それは料理なんて上等なものじゃないわ! 捨てて!」


「それは一調理人の理念としてできません。料理を捨てるなんてことSDGsに反します」


「あああ、もう。勝手になさい!」


 感情的に怒鳴るだけ怒鳴り散らして、刹那はその場を去った。

 ここまで感情的な刹那を見るのは初めてかもしれない。


(感情、出そうと思えば出せるんじゃん)


 周りに近しい人が多いからかもしれない。

 さて、出てきた料理を見てみる。


 焦げた食パン。裏のベーコンがカリカリで表の黄身が潰れて焼けている目玉焼き。千切りと言うには程遠い百切りのキャベツ。オニオンスープは上等だがクルトンが焦げている。


「……全体的に強火ですね」


 率直な感想を言う。


「初めての調理なんてそんなものなのかもねえ。私は随分前だから忘れちゃったけど」


 刹那の母は苦笑交じりに言う。


「食パンをトースターに放り込んで、強火でベーコンエッグを作ってたら裏面だけが焼けて慌ててひっくり返して、その間にパンが焦げてたって感じかな」


「そんな感じねえ。食べてくれる?」


「作ってもらったものを粗末にするほど俺も無礼じゃないんで。ソースとジャム、あります?」


 メイドさんに訊く。

 メイドさんは気持ちの良い笑顔を浮かべて頷いた。


「ええ、準備いたします」


 すぐにそれらは用意された。

 ベーコンエッグにソースをかけ、パンにジャムを塗って食べる。

 まあ朝食なんてこんなシンプルなものでいいのだ。


 特に凝ったものでものでもなく、下準備が必要なものでもない。

 初心者でも作れるものでいい。


「それでですね、刹那のお母さん」


「お母さん、でいいわよ」


「刹那のお母さん」


 そこには譲れない一線があった。

 刹那の母はどこか危うい。

 娘に友達がいなかったという過去がそうさせるのかパーソナルスペースに土足で踏み込んできそうな印象がある。

 しかし、その傍に立ち入っていかねばならぬのだ。これから。


「マンションからこの六階道邸まで距離がある。緊急の時に駆けつけるとなるとタイムロスが起きる。どうせなら俺を、ここで寝泊まりさせてはくれませんか」


「大歓迎よ」


 即答だった。


「家族が増えて刹那ちゃんも喜ぶわ」


 食パンを一口齧り、飲み込む。


「快く承諾していただき幸いです」


「これからも刹那ちゃんと仲良くしてあげてね」


 友達には立候補したけどまだ仕事仲間なんだけどなあ。と心の中で呟く。

 まあ、良いだろう。

 寮生活をしていたこともあるし、多人数で暮らすことによるストレスには慣れている。


 俺は朝食を食べ終わると、刹那の部屋の前に立った。

 部屋の扉をノックする。


「刹那ー」


 沈黙。


「刹那ー? いないのかー?」


 再度、沈黙。


「うんこか?」


「なに?」


(なんだ、いるんじゃん)


「朝食、美味かったよ。ありがとう」


「あんなの、料理と言えないわよ」


「初めて作ったにしちゃ上等だ。これから練習してきゃいい。キャベツの千切りなんかも最初はスライサー使っときゃいいんだよ」


「スライサーって……なに?」


 これは本格的に箱入り娘だ。


「今度自炊歴一年の俺が料理を教えてやるよ。庭に来いよ。次の戦闘に向けて特訓しようぜ」


「うん」


 こういうところは素直な奴だなと思う。

 良くも悪くも純粋。

 無感情の防壁を張ってそれを隠す見栄っ張り。


 俺達は庭に出て、準備運動を始めた。

 そして、一通りストレッチを終えると、決闘のクーポンを起動する。


「この空間にいる時の岳志は、精霊クラス以上の魔力を感じるわ……」


「俺も神殺しとか色々やってるもんでね」


 淡々と言う。


「昨日の戦いでわかったが、近接戦しか出来ないっていうのは対精霊戦において致命的だ。遠距離攻撃を覚えよう」


「……無理」


 刹那は断言した。


「無理ってことはないだろ。紗理奈もあかねもやってたことだ」


「私の家系の術が、術を体内に循環させるように出来ている。外に出す術とは相性が絶望的に悪い」


「あー……」


 それであの化け物じみた身体能力か。


「それじゃ次善の策だ」


「あかねみたいなことを言うのね」


「一階堂は軍師キャラなのか?」


「何度か組んだけど次から次へと策がポンポン浮かんでくるみたい」


「なるほど、昨日の勝ちは一階堂にお膳立てしてもらったようなもんだしな」


 納得しつつ、空間を閉じる。


「歩くぞ」


 そう言って、庭を出る。


「手っ取り早い方法がある」


 そう言うと、刹那は俺を抱き上げて、高々と飛んだ。

 そして、電信柱の上から上を跳躍していく。


「どこへ向かって走れば良い?」


「呪具屋だ」


「ああ、なるほどね」


 無感情に刹那は言う。

 興味なさげにも見える。

 初見ならばなんだろうこの女と思うところだろう。

 俺も実際そうやって刹那を得体のしれない女と認識していた時期があった。


 呪具屋まで二十分程だろうか。

 息切れしない体力も凄いし、速度も凄い。

 俺は降ろされると、中に入った。


「おやっさーん」


「おお、君は与一君が紹介してくれた子……そちらは六階道の」


「こいつに、遠距離武器とか持たせてくれねえかなぁ。できればバリスタとかそこら」


「攻城弓かい。そんな都合よく相性が合えばいいがねえ。ちょっと探してみるよ」


 そう言って、店主はお守りを探しに行った。


「つーかここ利用しようと思わなかったのか? 武器を投擲できるだけでも戦略の幅がかなり広がると思ったんだが」


「拳だけで十分対応できていた。今の状況がイレギュラー」


「まあ、そりゃそうだわな」


 天界から精霊や天使が堕天している今の状況は普通にイレギュラーだ。

 だから俺のような一般人も退魔師になるというイレギュラーが起きている。


「これはどうかな」


 そう言って店主が持ってきたのは、ロザリオだった。

 俺は呆れてしまった。


「和洋折衷かよおやっさん。陰陽師にこりゃないぜ」


「力さえ籠っていればいいんだよ。これは他の筋から仕入れたものだが、力が籠もっているのは確かだ。それも特別な。資格さえあれば強力な武器になるだろう」


 刹那はロザリオを受け取ると、緊張した面持ちで胸元で握りしめた。

 お、地が出てる。

 そのうち、ロザリオは光り輝くと、一本の青い槍となった。


「おめでとう六階道の姫君。貴女には資格があった。その武器は貴女の力になるだろう」


「ありがとう……大事に使います」


 刹那はそう言うと、槍をロザリオに戻し、首にぶら下げた。

 店を出る。


「岳志は本当、世話を焼くのが好きだね」


 刹那は淡々とした口調で言う。


「また黒焦げになられても困るしな」


「それだけじゃないでしょ」


 刹那は苦笑交じりに言う。

 また笑った。

 刹那が?


「友達紹介してくれたり。友達になろうとしてくれたり。本当、お節介」


 くすり、と笑う。

 俺は思わず、その表情に見惚れた。

 綺麗だった。


「そうやって誰にでも優しくしてたら、誰にでも勘違いされて、女難にあうよ」


 刹那は淡々とした口調で言うと、俺を抱き上げた。


「……東京じゃ結構女難にあってた」


「……妹さんと話してたら結構その片鱗は感じた」


 沈黙が漂った。

 刹那は無表情に戻ると、俺を抱き上げて、再び跳躍した。


「すげー体力だなあ」


「伊達に生まれてから十五年鍛えてないよ」


 刹那は淡々とした口調で言う。


「積み重ねだなあ」


 うんうん。と頷く。

 そして、唖然とした。


「お前、年下か?」


 最低でも十七歳だと思っていた。


「意外?」


「かなり」


 それであの無感情な演技が出来ているんだから、こいつの人生一体どうなってるんだろう。

 こいつが年相応の笑顔を取り戻すことを応援しようと腹を決めた一瞬だった。



続く

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