刹那の素顔
翌日、俺は六階道家を訪ねていた。
六階道家は山道を登ったところにあり、巨大な門が出迎えてくれるような時代錯誤な建物だった。
奥には広い庭と二階建ての洋風住宅が見える。
チャイムを押してみる。
ドアホンから声がした。
「こんな早朝からどなたでしょう?」
女性の声。上品な響きがする。
「井上岳志ですが、六階道刹那さんに用事があって来ました」
「陰陽連の方?」
「いえ?」
陰陽連には協力しているが所属はしていない。微妙な立ち位置な自分だ。
けど、その辺りは刹那が伝えてくれていると思っていたのだが。
「そしたら、もしかして、お友達?」
相手方の声が上擦ったのがわかった。
その興奮ぶりに、思わず返答の言葉を探す。
これ、下手に否定したらがっかりさせちゃう奴なんじゃなかろうか。
先に動いたのは相手だった。
「刹那ちゃんはまだ寝てるから、上がって上がって。あの子寝坊助だから、起こしてやって」
なにか早合点されてしまった。
けど、起こすぐらいなら容易いことだろう。
その後は通常通りに任務につけばいい。
刹那の部屋に案内されて、屋根の高い廊下を歩く。
女性は刹那の母らしく、この歳まで友達一人連れてきたことがないと面目なさげに語っていた。
なるほど、糠喜びさせてしまったわけだ。
そして、部屋に通された。
ピンクの花がら寝間着を着た刹那が、ポムポムプリンの巨大人形に抱きついて寝息を立てていた。
そのファンシーな格好に、なにか心の中で見えない糸が切れた気がした。
(密室で女の子が人形抱いて寝てる密室で女の子が人形抱いて寝てる密室で女の子が人形抱いて寝てる密室で女の子が人形抱いて寝てる)
久々に発動。心の中の童貞。
他所のお宅じゃ壁に頭を叩きつけて冷静になることも出来やしない。
頭を抑えて、その場に座り込む。
これでは恐れ多くて、とても刹那に触れることなんて出来ない。
昨日まで、なにを考えているかわからないやつと思っていた。いわば、異性と思っていなかった。
しかし、思わぬ女の子らしい素顔を見てしまった。
どうやら俺は、刹那を異性として認識してしまったらしい。
こうなると中々沼から抜け出すことは難しい。
刹那に触れることも出来ず、かと言って部屋から勝手に出ることも躊躇われ、結局できることは座って刹那に呼びかけること。
童貞の悲しい性である。
「おーい六階道ー、起きろー」
「ん……んん……」
艶めかしい寝言が部屋に響き、布団の擦れる音がする。
刹那は体勢を変えただけで、起きやしなかった。
だんだん腹が立ってきた。
自分達は重要な任務についているはずだ。
だと言うのにこのお寝坊女はいつまで寝ている気だろう。
母親も母親だ。
寝ている年頃の娘の部屋に友人と勘違いしたとは言え男を通すとは何事だ。
ちゃぶ台持って来い。ひっくり返してやる。
憤りが火山のように俺の中で猛った。
「んん……ん……」
火山は譫言で嘘のように大人しくなった。
刹那がゆっくりと体を起こす。
そしてまぶたを擦る。
「んん……ママ?」
ポムポムプリンにママときたものだ。
この女、普段どれだけ自分を偽ってやがる。
正直、衝撃を受けたと言っても良い。
刹那の目がゆっくりと開いていき、その瞳が俺を捉え、衝撃に見開かれる。
そして、刹那は迷いなく、顔を真赤にして俺の腹に膝蹴りを叩き込もうとした。
間一髪で防ぐ俺であった。
「おはよ。激しい朝の運動だな」
「なんであんたがここにいるのよお……」
珍しく感情を顕わにし、泣きそうな顔で言う刹那だった。
「ママに通された」
「馬鹿!」
思い切り殴られた。
まあママ、だなんておちょくったのだから多少は仕方なかった。
続く




