草むしり
「今度こそ本気出すにゃ……にゃにゃ、落ちたにゃ!?」
「ちょっとちょっと、アリエルちゃん、本気出すって言ってから五秒経ってないよ~」
「次だにゃ! 次こそ本気出すにゃ!」
アリエル死亡集というまとめ動画を見てアリエルが悶絶している。
いい薬だと思う。
しかし、そういう動画が作られるぐらい変な人気が出てしまっているというのも頭の痛い事実だ。
俺は動きやすい格好に麦わら帽子をかぶって、部屋の扉を開けた。
この前の小柄な女子高生が、私服で、立っていた。
チャイムを押すか押すまいか迷っていたらしい。
俺は無言で、その頭に自分の麦わら帽子をかぶせた。
「暇なら付き合え」
「あ、あの、は、はい」
階段を降りて一階へ行く。
そして、庭に出る。
雑草が生い茂っていた。
「タケちゃん、悪いねえ。手伝ってもらって」
鎌を手に持った老管理人が苦笑交じりに話しかけてくる。
「いえ。けど、約束ですよ。今月の家賃三千円引き」
「ああ。本当は管理費貰ってる分儂がやらなきゃやらんのだけど、いかんせん歳でねえ」
「いいですよ。暇で金がない俺と手の足りない管理人さんでウィンウィンだ」
「それじゃ、儂はあっちからやってくるから、タケちゃんはそっちから。そちら、彼女さんかい?」
「あ、その、いえ、あの」
「違います」
「そうかい。そりゃ残念」
そう言うと、老管理人は庭の奥に向かって歩いていった。
俺はしゃがみ込み、雑草を引き抜き始める。
女子高生もそれに習い、雑草を引き抜き始めた。
「あの、その、どうして野球、辞めちゃったんですか?」
「野球のバットを凶器に使っちゃったから」
「けど、その、相手は強盗だから、正当防衛かと」
「あー、まあ、そうなんだけど、感情的にな」
相手の骨を折ったあの感触が、まだ手に残っている。
バットを手に持つ気になれない理由だ。
女子高生は俺の前に立ち、頬に手を当てた。
その大胆な行動に、思わず俺の心音は高鳴った。
「傷、残っちゃいましたね」
「ああ、ちょっとな」
「それは、仕方がないですよ。仕方がない」
「いいから、草むしろう」
「はい」
思わぬ伏兵、といった感じ。
こんなところにも女がいたんだと自覚させられた感じ。
けど、彼女は町内会の草野球チームのくノ一なのだ。
「なんで草野球チームのマネなんかに? 高校野球のマネのほうが良いだろ。あこ甲子園常連校だし」
なかなか手強い草だ。全身を使って引っ張る。
「競争激しいし。それに、私がマネしたいのは、貴方がいる野球部だから」
草が抜けた。俺は、ひっくり返った。
「俺、あんたと会ったことあったっけ」
「中学が一緒でした」
「ああ……」
中学の頃の俺は本当に野球漬けだったから、同級生のことなんて覚えていないかもしれない。
「友達に誘われて見に行ったシニアの大会。貴方の活躍は本当に凄かった。鬼みたいな返球にホームラン。こういう人がプロに行くんだって思った。こういう人が同級生にいるんだって思った。そう思ったら、頑張れた」
俺が、勇気を与えれた? あずきのように?
「だから、貴方には野球を続けていてほしいんです」
俺は黙り込んでしまった。
俺の活動が誰かの勇気になるのならば。
俺の活動も無駄ではないのではないだろうか。
「あんた、名前は?」
「小泉幸子」
幸薄そうだけどな。そんな言葉をぐっと飲み込む。
「幸子さん」
「あ、はい、なんでしょう」
「俺の活動が幸子さんの勇気になるなら」
「はい」
幸子の声が期待に弾んだ。
「俺、また野球、やってみようかなあ」
視界が揺れた。
感極まった幸子が抱きついてきたのだ。
油断していた俺はバランスを崩し転倒。
押し倒される形となった。
「なにしてるのかな、岳志君」
地獄から響くような声がした。
俺はぎくりとする。
でかい鞄を持った先輩が心底見下すような表情で俺を見ていた。
続く