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それぞれの別れ

「長期休暇?」


 俺の言葉に、パソコンに視線を落としていたコンビニの店長は物憂げに顔を上げた。


「君務めてそろそろ一年でしょ? シフトに大きな穴開ける意味はわかってると思うんだけど」


「まあ、それはそうなんですが……事情がありまして」


「今日言っていきなり明日取れるほど社会は甘くないわよ」


「まあまあ、店長」


 そう言ってウリエルが間に入る。


「岳志君目当ての変な客が目立って最近迷惑してるって言ってたじゃないですか。いい機会じゃないですか?」


 店長の目が大きく見開かれる。

 その目がとろんとして、夢見心地のような表情になる。


「そう……だね……いい機会……だ……」


 寝ぼけているかのように店長は言う。

 ウリエルは僕に囁く。


「今回は特例だからね」


 釘を差すような言葉だった。

 かくして、俺は長期休暇を手に入れたのだった。


 あずきにしばらく家を開けること、アリエルも配信に出られないことを語ると、落胆の表情を見せた。


「それって、あれ? 悪霊つき絡み?」


「まあ、そんなとこです」


 苦笑交じりに言う。


「そうだね、そうじゃないとアリエルちゃんも一緒に、だなんてならないもんねえ」


「しばらく空けますが、留守をお願いします」


「ん、鍵貸して。掃除しとくよ」


 気が利く人だ。つくづく、こんな嫁が欲しいものだ。


「いえ、そこは……」


「そこは?」


「雛子に、しばらく貸してやろうかなと思って」


「そっか。寂しくなくて助かるよ」


 あずきは微笑んで言った後、俯いて、躊躇うように言った。


「無事に帰ってくるんだよね?」


「修羅場は潜ってきたつもりです。それに、今回は先を制する戦いになる。重大ごとになる前に片付けようという話です」


「なら、いい。元気に戻ってらっしゃいね」


 そう言って、あずきは俺を送り出した。

 町内会の草野球の代表に電話をかけると、心強い言葉が一つ。


「四番ピッチャーと三番ショートの椅子は空けておくからな」


「はいっ」


 帰って来る場所が明確になったという思いだ。

 一応、エイミーにも連絡した。


「京都かぁ……」


 エイミーは照準するように電話口で言う。


「ますます会えなくなるねえ」


「元々会えねーだろ芸能人が」


 嫌味混じりに言う。


「ま、そうだけどね。私は私で元気にやるから、岳志は岳志で元気でやりなー……って」


 ふと、気づいたようにエイミーは言葉を区切る。


「それってこの前の、悪霊つき? 絡み?」


「あー……まあ、そうなるな」


「私は反対」


「じゃあ俺が芸能活動に反対したらお前、辞めるか?」


「むー……」


 こういう奴だ。


「お互い頑張ろうな」


 エイミーはしばらく考え込んでいたが、そのうち諦めたように溜息を吐いた。


「うん、頑張るよ。全国区の番組にバンバン出るから、京都でも頑張る私を見てて」


「あんまテレビ見ないから期待はしないでくれな。けど、お前が頑張っているのはわかっているつもりだよ」


「なら、いい」


 穏やかな沈黙が流れる。

 黙り込んでいるけれど居心地の良い時間。

 幼馴染だけが作り出せる時間。


「じゃあ、また」


 そう言って、エイミーは電話を切った。

 そして、後は残るは一番大事な人だな。そう思い、俺は立ち上がった。


 先輩の家に自転車を走らせる。

 丁度、大学から帰ってきたところだった。


「先輩」


「岳志君じゃん。どしたん」


「いやさ、ちょっと伝えたいことがあって」


「伝えたいこと?」


 俺は黙り込む。

 とても、言い辛いことだったから。

 けれども、伝えなければならない。


「しばらく、会えなくなる」


 先輩が、きょとんとした表情になる。


「けど、絶対帰って来るから」


 先輩はしばし値踏みするように俺を見ていたが、そのうち俺を抱きしめた。


「頑張ってらっしゃい」


 ああ、この人にはもう何も言わなくても全て通じるのだ。

 そう思うと、とても気が楽になった。

 この人のもとにもう一度帰ってこよう。


 そう強く決意して、俺は東京を発った。



続く

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