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エピローグ

 土曜日だろうと練習はある。

 朝から俺とアリエルは草野球チームの練習に出ていた。

 社会人がほとんどのこのチームはむしろ土日が本番といった感じで、皆精力的に励んでいる。


 休憩時間、皆で幸子が用意した茶を飲んでいると、雛子がとたとたと駆けてきた。


「ねーねー岳志くん」


「なんだー?」


 嫌な予感を覚えつつ返事をする。


「例の写真の一件の返礼、してもらってないな」


「そういやそうだな」


 ますます嫌な予感がした俺だった。


「お姫様抱っこ、して。エイミーばっかりずるい」


 周囲のおじさま連中がニヤついたのがわかった。


「ま、それぐらいならいいぜ」


 俺は立ち上がって、雛子を抱き上げる。


「わあ」


 雛子は嬉しげに声を上げ、宙にも浮くような表情を見せる。

 その表情が、不意に強張った。


「岳志くん」


「なんだ?」


「なんでそんなに辛そうなの?」


 胸が痛かった。

 あの時はあんなに傍にあったエイミーの重み。

 それが今はこんなにも遠い。

 あの馬鹿娘は何度身近な人との別れを俺に経験させるのだろう。


 これからも、俺とエイミーは何度もすれ違うのだろう。

 そして、何度も惹かれ合うのだろう。

 そういう相性をしていると痛いほどわかった。


 その度、俺だけが傷つけられることも良くわかった。

 男は名前をつけて保存、女は上書き保存とはよく言ったものだ。

 俺は、雛子をおろした。


「悪い、次はもっと平常心で持ち上げるから」


「ううん……気持ち、考えなくてごめんね。エイミーのこと、辛いんだね」


 年下の、しかもマイペースな雛子にまで察されてしまった。これは重症だ。

 周囲もお通夜みたいな雰囲気になる。


「そうだ。お見舞いの約束があるんだった。俺、ちょっと先に上がります」


「私も行くにゃ」


 そう言って、俺とアリエルは逃げ出すようにその場を後にした。

 シャワーを浴びて、やって来たのは総合病院だ。

 ここに、涼子は入院している。


 と言っても、傷はすっかり良くなっていて、後は退院を待つばかりなのだが。

 涼子の部屋を尋ねると、鼻歌が聞こえてきた。

 聞き覚えのないメロディだ。

 自作ソングなのかもしれない。


「誰だい?」


 涼子がテレビに視線を向けたまま問う。

 エイミーが、朝ドラに出ていた。


「岳志です」


「岳志君かあ」


 そう言って、涼子は表情を崩す。

 そして、俺達は席を勧められ、椅子に座った。

 涼子の傷は、もうすっかり良くなっているらしい。


「女神様がね」


 涼子が宙空に視線を向けて言う。


「貴女の力はまだ人間界に必要ですっていうんだ。それで回復してくれた。ラッキーだね。もっとも、大量出血してたから危なかったんだけど」


 そう言って苦笑する。


「持ち直したようで何よりですよ。今日は用事があるから長居できませんが、また来ます」


「用事?」


「デートにゃ」


 アリエルが苦笑交じりに言う。

 この駄猫め。


「そっか。先輩ちゃんによろしく」


「ええ。涼子さんは元気だって伝えておきます」


 ではまた、と言って、俺は病室を後にした。

 そして俺は駆けて、映画館の前に出る。

 先輩は既に準備を終え、待っていた。


「早いよー。まだ上映時間の三十分前じゃん」


「君も早いじゃない。君に合わせてたらそうなる」


 二人して、苦笑する。


「聞かせてよ。慌ただしそうだったここ数日、軟式王子フィーバーの再来の影に何があったか」


 先輩は茶化しているが、本気で聞きたがっているようだった。

 俺は語った。エイミーのマネージャーのこと。エイミーのこと。涼子のこと。もちろんキスのことは言えなかったが。

 先輩は興味深げに聞いていたが、そのうちはっとしたように時計を見た。


「そろそろ時間だね。あっという間だ」


「本当に良かったの? 映画で」


 男性恐怖症で暗闇の密閉空間が怖かった彼女。今は集中して作品を見れるのだろうか。


「隣に君がいてくれるんでしょ? へっちゃらよ」


「なら、いいけど」


「さあ、行こう。私だけのヒーローさん」


 そう悪戯っぽく言うと、先輩は前を向いて歩いていった。

 これからも、俺とエイミーはすれ違うだろう。

 けど、そのたびに誰かと新たな出会いをするだろう。

 再会した時に、そのことについて話せれば、それは幸せなのかもしれない。


 そう思うことで、俺は自分の心を慰めた。

 ラインが鳴る。

 画面を見ると、エイミーからだった。

 開く。


『映画デビュー決定!』


 こいつは本当、こういうところがある。

 見なかったことにして、俺は先輩と手を繋いで映画館に入っていった。



続く


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