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さよなら、エイミー

 エイミーが会いたいと電話をかけてきたのは、ドラマが放映された日の夜だった。

 翌日、早朝に会おうと約束して電話を切る。

 ドラマの感想など色々言いたいことはあった。

 しかし、それに触れると、エイミーが遠くに行ったことを認めてしまうようで素直に話題にあげれなかった。


 翌日、エイミーは帽子を目深に被り、サングラスにマスクをし、待ち合わせの場所で待機していた。

 俺は普段通りの服装だ。

 軟式王子騒動もいつのことやら。俺はいつの間にやら一般人に戻っていた。


 いつものパン屋でサンドイッチを買い、平日の公園でアヒルボートを優雅に漕ぐ。

 そして、二人でサンドイッチを頬張り始めた。


「私ねー」


 それまで寡黙だったエイミーが、始めて口を開く。


「こうしてる時間が一番好きだなあ。のんびりするというか、和むというか」


 なら、ドラマ出演なんてやめちまえよ。そんな言葉が喉元までこみ上げる。

 このままでは、エイミーはどんどん遠くまで行ってしまう。それは、ネットの評判を見ていてもわかりきっていた。

 整った顔立ちに登録者二百二十万のトーク術。彼女がお茶の間で引っ張りだこになるのは目に見えていた。


「なんか言ってくれないの?」


 エイミーは悪戯っぽく微笑んで言う。

 俺は、苦笑する。


「例えば、ドラマ、良かったよ、とか。一気に有名人だね、とか」


「元々婚約者騒動の時点でお前は有名人だろ。問題児としてだったが」


「そりゃそーだ」


 なにが愉快なのかエイミーは笑う。

 そして、真顔になった。


「今日は、岳志に別れを言いに来たんだ」


 覚悟はしていたことだったが、あらためて言われると胸にずしりと来た。


「マネ君が言うんだ。私はこれからが大事な時期だって。週刊誌やテレビも今まで以上に私に注目するって。スキャンダルは許されないって」


「うん」


「だから、間違っても岳志と二人きりでいるところは見られちゃいけないんだって」


「わかるよ」


「……引き止めてくれないんだね」


 エイミーは少し寂しげに言う。


「エイミーの人生だ。俺には責任が持てないよ」


「岳志らしいや。急に連絡を取れなくなった時みたい」


 エイミーが不意に腰を浮かす。

 そして、唇と唇が触れ合った。

 初めてのキスの味は、クリームの味がした。


「大好きだよ、岳志。初めてあった時から、ずっと。結婚するのは岳志だって、ずっと思ってた」


 そう言って、エイミーは目の涙を拭う。

 そして、サングラスとマスクを装着し直した。


「今のは君のキスにカウントしなくて良い。私の不意打ちだからね」


「……俺も一時期、結婚するのはお前だと信じていたよ」


「すれ違い、だね。もどかしいな」


 エイミーは苦笑したようだった。


「有名になるよ、私。岳志が応援してくれるなら、私、きっと頑張れる」


「ああ」


 俺は微笑む。


「俺の幼馴染の可能性は無限大だって、見せつけてくれ」


 その後日談だが。

 案の定エイミーは大ブレイクした。

 日本語の堪能さ。若さ。美貌。聡明さ。トーク術。頭の回転の速さ。様々な番組がエイミーを取り上げ、そのおかげで軟式王子の話題もにわかに再燃した。


(本当に遠くに行っちまったな……)


 元々、結ばれぬ定めだった。

 けれども、少し、いや、かなり、俺は寂しかった。

 エイミーは、かけがえのない俺の幼馴染だったから。

 今の俺にできるのは、無言を貫くことで応援するだけだ。


 ただ、エイミーのドラマは見れなかった。

 泣きそうになるからだ。



続く

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