対決は静かに始まる
その日の朝、俺は用事もないのに先輩の家を訪ねた。
先輩は嫌がりもせずに俺を出迎えてくれた。
「どうしたの? 直接あってしたいことって」
そう言って、先輩は玄関口で余裕を持って微笑む。
「先輩」
俺は今から、猛烈に恥ずかしいことを言おうとしていた。
しかし、男性恐怖症の先輩にそれをするには前置きをしなければ駄目だ。
「抱きしめていいですか」
先輩はきょとんとした表情になったが、すぐに微笑んだ。
「どうぞ」
先輩を抱きすくめる。
先輩は香水をかけているわけでもないのにいい香りがした。
力が湧いてくる。
これから、自分は戦うのだという勇気が湧いてくる。
「で、どしたん? 話聞こか?」
「ううん、充電したかっただけ」
「……そか」
もう、先輩は巻き込みたくない。
鬼瓦と先輩が戦っていた時のようなぞっとする気持ち、味わいたくない。
「じゃ、バイト行ってきます」
「ん、頑張れ」
先輩はそう言うと、俺がその場から去るまで玄関口で見送った。
時々手を振り、ずっと、ずっと。
そして、自転車(もちろん自分のものだ)を漕ぎ、俺はコンビニに辿り着いた。
涼子の車も丁度辿り着く。
シフトの交代まで十五分。
話し合う時間は十分にあった。
互いに乗機を降りて眼と眼が合う。
涼子は微笑んで。俺は険しい顔で。
決戦のゴングが鳴った。
続く