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第43話 鉄の烈竜は倒れない

 トランギニョルに渦巻いていた感情は、困惑と恐怖だった。

 正確に言えば、トランギニョルにそういった機能(かんじょう)は無い。仮にこの疾走(はし)る鋼の災厄が生物だった場合、抱いたモノがそれだった。

 時速数百キロを超す速度で進行する自分に容易く距離を詰め、吹き飛ばすことを可能とする膂力を持つ黒の怪物─橘 翡翠の姿に、過去に敵対したある人物の姿が連想されていく。

 

 今から30年程前、まだトランギニョルが作成者による制御を受けていた頃のことだ。

 それは、唐突に現れた。

 生物の範疇に収まらない破壊規模の竜銘(イデア)を振るい、その男は厄災という名の試練を下していく。

 彼を多くの者たちがこう呼称した──慚禍竜(ヴリトラ)と。

 多くの異界者(イテル)慚禍竜(ヴリトラ)に挑み、そして敗れていった。無論、トランギニョルの主人もそうだった。

 天地を覆い尽くす程の災害の濁流は、人の命を奪うのは造作も無かった。呆気なく死んだ主人を尻目に、トランギニョルは撤退を開始したのを覚えている。

 そしてその後、何者かが慚禍竜(ヴリトラ)を倒したのを確認したが、それはトランギニョルにとってはどうでも良いことだった。

 恐ろしい。喜悦の笑みを浮かべながら非道に走るあの男が。世界にとっては不運であり、同時にトランギニョルにとっての幸運は自分が彼の視界にすら収まっていなかったことだろう。

 多くの異界者(イテル)が入り乱れる戦場で、特定の人物と出会えないのは常だ。

 迫る敵に悦びを以て迎え撃った慚禍竜(ヴリトラ)、敵対しなければ彼の影響はごく僅かだった。

 それを踏まえて尚、尋常ならざる破壊の奔流を受けたトランギニョルはその記憶をメモリーとして残していた。今一度遭遇すれば、確実に消滅させられると確信しているのだ、用心に越したことはない。

 例えこの身が、トランギニョルの本体から分かたれた分身──無尽烈竜の落し子であろうとも、親から受け継いだメモリーや戦闘経験は失われていない。 

 だからこそ、目の前の怪物が慚禍竜(ヴリトラ)に見えて仕方ない。自分の存在を脅かす敵対者を、トランギニョルは滅ぼしにかかるのだ。

『オオオオオオオオオ────』

「っ!?」

 鋼が軋み、レールとの繋がりが絶たれた車輪がガラガラと空転するトランギニョルに近付こうとする翡翠だったが、その行為が過ちであったと気付き後ろに跳躍して距離を取る。

 何故なら、トランギニョルが車体の前部をまるで巨大な蛇のように鎌首をもたげるように持ち上げたのだ。

 目や鼻といった感覚器官は無いにも関わらず、翡翠は直感的に見られていると認識する。

 そしてそれは、事実だった。

 次瞬放たれた100を超すミサイルの雨が、1000を超す電磁砲の弾雨が、翡翠の肉体を粉砕すべく殺到する。

「チィッ!!!」

 生物の本能──見られているという気付きによるほんの僅かな動きの遅れを意図して狙ったトランギニョルに舌打ちをしながらも、漆黒の外骨格を纏ったことによる肉体の超絶強化、更にそこに竜気(オーラ)を込めたことによる基礎能力(スペック)の向上を含めた移動速度は、トランギニョルの予想を大幅に上回った。

 掃射される電磁砲の弾丸が大地を砕き、破片を巻き上げていく。続けて飛来するミサイルが土煙ごと爆炎で燃やし尽くし、内部にいるであろう翡翠の生命活動を停止すべく攻撃を続行する。

 同時に上体を起こしたトランギニョルは、改めて移動を開始する。距離を取れば、トランギニョルに搭載されている無数の武装群──元来は、屍人と機械の群れを壊滅させる為のモノ──である銃火器を用いた撃滅戦を展開する為の行動だったが、それは別方向からの攻撃に阻まれることとなる。

「アルグッッッ!!!」

「合わせろッ義経ェ!───王嚙(グラフヴェルズ)ッッッ!!!」

 撃ち込まれる巨斧のアッパーカットが、体勢を整え前進を始めたトランギニョルの先頭車両を、文字通り打ち上げた。

 竜気(オーラ)を込められた一撃により、鋼で構成された車両が大きくひしゃげるものの、アルグによる攻撃は終わらない。

 義経による空間跳躍により、上へ吹き飛ぶ先頭車両の真上に移動したアルグが──全体重と竜気(オーラ)により加速した落下による一撃を叩き込む。

 ほぼ同時の上下からの挟撃は、トランギニョルを破砕するのに十分だったが──翡翠はまだ動くと確信していた。

「橘流剛術、(しち)の型──澪標」

 放つは貫手。クラウチングスタートを思わせるような超低空姿勢による突喊する様は、傍目からすれば巨大な槍のようだった。

 そんな一撃は、地に叩きつけられた先頭車両から数十両に渡り貫き内部構造をズタズタに破壊する。

 エンジンが貫かれ、武装が破壊され、それらを繋ぐ電子ケーブルが引きちぎられていき、トランギニョルはまるで脊髄を破壊された動物の如く停止する。

「よっと、首取ったりー!」

 尚、義経は何かが足りなかったのかトランギニョルの首|と思しき箇所を手にした薄緑で両断し《・・・・・・・・・・・・・・・・・》、源氏武者よろしく首として収集するのだった。

「ってて、皆さん無事ですか?」

「うん、無事だけど取り敢えず怖いからボクに近付かないで」

「無事だが何だその格好、獣にも見えんぞ」

 停止したトランギニョルの内部から外壁をこじ開けながら脱出した翡翠は自分以外の2人を心配してかそう問いかけるものの、返ってきたのは外骨格への恐怖の感想だった。

「僕だってこんな格好好きでなってるわけじゃ……カッコいいとは思ってますけどさぁ…!」

「うーん、カッコいい…かなぁ?どう思うアルグー」

「知らん」

 雑談を繰り広げる3人。それも当然だろう、先程まで暴れていたトランギニョルが停止したのだ、長時間に渡る緊張が解れるのも仕方のない事。だからこそだろうか。

 

『………ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ』

「「「……は?」」」

 

 その事実を受け入れるのに、義経と翡翠とアルグは時間がかかってしまった。

 |破壊を免れた車両から、新たなトランギニョルが誕生していた《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》という、純然たる事実を。

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