第20話 終戦
「「オオオオオオォォォォォォォォッッッ!!!」」
激突する金色と漆黒が、バシラウス要塞に轟き渡る。空前絶後の衝撃を伴って、2人の戦士が咆哮する。
音速を凌駕する速度で振り抜かれる金色に輝く大太刀と大長刀、そして全く同じ速度で振るわれる漆黒の瘴気を纏う岩の大斧。激しい剣戟音と共に弾ける竜気の火花が戦域を彩っていく。そんな中、大斧を振るうアルグは眼前の男─平教経の竜銘について推測していく。
金色に輝く武装と、背中の方陣。その指し示す意味を戦士としての本能と獣としての理性で答えを紡いでいく。
「壱式大刀─祇園!!」
その僅かな思考による遅れを、教経は見逃さなかった。自身に宿った竜銘が何なのか、|その詳細はわからぬまま本能でその在り方を理解していく《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。大長刀を手放し、刀を両手で握る。同時に噴き上がる竜気の奔流が刀身を、教経の肉体を覆っていく。振り抜かれる大太刀の斬撃を凌ぐには、アルグの大斧は間に合わない。
「ゴッ、ハァッ…!?……く、っそがぁ!!」
肉どころか骨すら両断する程の一撃を受けアルグははるか後方に吹き飛ぶ。血と臓腑を撒き散らしながら彼方に行くアルグを見て、教経はそれが致命に至ってないと理解している。現に空中で体勢を立て直し、改めて対峙するアルグの身体には傷が何処にも見当たらない。
「全く、不条理にも程があろう……かの魔人ではあるまい」
脳裏に浮かぶのは、あの平安の魔人だ。最早名を語ることすら許されない怨霊の王、不死身の魔人。東国におけ?武芸の祖とも呼ぶべき大英雄でなくば討ち果たすことすら叶わない怪物の姿は教経も知らないが、アルグのような男なのかもなとある種納得していた。それ故に攻撃の手を止める訳にはいかなかった。
「──参式大弓・浅間」
刀が消失し、教経の手のうちに現れるは金色の大弓。それに番られた総計5本の矢が|大気の壁をぶち破る壊音を撒き散らしながら放たれた。その矢の軌道は通常のそれとは大きく異なる、まるで獲物を狩る獣を思わせるようなグネグネとした軌道をし、獲物の首を取るべく空を駆けていく。
「……なるほどな、複数の武装に応じた能力を持っている…か。中々に厄介だな」
だが、アルグは超音速の矢を視認することなく、ただ殺気を読んで回避していく。息を殺し気配を殺し、影から迫る獣とは違い教経の殺気はアルグからしてみれば分かりやすいものだった。それに加えて、アルグの展開する竜銘──|飢渇荒野。屍肉貪る餓獣の飢え、満たすは飽食の楽土のみ《フィンブルヴェトル・ヴァイコスタルヴィ》は凡ゆる力を吸収し、それをアルグに還元する力を持つ。矢に込められた竜気を始め、飛翔する為に使われる力までも吸い尽くしているのだ。それによりアルグの側に来る時には|通常の矢と何ら変わらない域まで低下した速度《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》と化していた。そうなってしまったら、後は容易い。迫る矢を回避し斧で潰し素手で砕き迎撃していく。
「さあ、次は何だ。見せてみろッ!!」
教経が新たな矢を番えようとしたその時、アルグは叫びながら大きく足を踏み付ける。次瞬、その衝撃でアルグの周囲の地面が隆起し、巨大な岩が空に浮かぶ。
「シィアハァァッ!!!」
その岩をまるでボールかのように大斧で撃ち出していく。その全てが竜気を纏い超強化されており、千の兵すら容易く挽肉と化すほどの破壊力を秘めていた。
「チィッ!伍式具足─熊野!!」
よって矢で破砕するのは無意味、回避はもう間に合わない。ならば全霊で守護ぐのみ。教経が呼び出したのは巨大な─大柄な体躯の教経すら簡単に覆い尽くせるほどの腕甲だった。両腕を組み合わせることで巨大な盾となる具足は、迫る巨岩の弾丸の直撃を以てしてもびくともしなかった。
「ふぅ……まさか岩を飛ばすとはな」
鉄壁の護りを誇る具足に巨岩がぶち当たり破砕され、周囲に破片を撒き散らしていく。そんな中呼び出した具足を緩やかに回転し続けている背後の方陣に仕舞い、再び武装─壱式大刀・祇園を顕現させる。金色の刀の切先をアルグに向け、そして疾駆する。地を粉砕しながら突き進む様はまさに砲弾。音の壁すら突破して突貫する教経にアルグもまた獰猛な笑みを浮かべ迎撃する。
「愉しいなぁ!!教経ェ!!」
「同感だ、アルグゥ!!」
眼前の好敵手との死闘に対し、互いに笑みを浮かべ更なる闘争を求め、両者は三度激突する──その刹那。
「両者そこまで。竜銘起動──『|陰陰滅々。月光翳るは魔性の腕、護法の刃よいざ人界を護り給え《ダルマパーラ・ヴァジュラダラ》』」
「終わり終わりっ、戦いは終わりだ教経っ!!」
両者の間に墜ちる漆黒の影─橘 翡翠と、それに抱き抱えられた真紅の乙女─アリシアの姿を視認し、教経とアルグは困惑と共に闘争を終わらせたのだった。
「アッハハハハハハハハハ!!!!!」
一方、義経とシェーンはというとこちらもまた常識はずれの激戦を繰り広げていた。
無尽蔵に顕現する氷の支配圏。樹氷が、氷華が、氷柱が、雪の結晶が、空間内に存在する全ての生命よ凍りつけと命じていく。だが──
「すごいすごい!これが、竜銘っ!!」
──瞬間移動を繰り返していく義経を捉えることが出来ない。樹氷が辿り着く寸前に、氷華が咲き開くその刹那に、氷柱が貫くその前に、結晶が肢体に纏わりつく瞬間に、義経は跳躍を繰り返していく。影すら残さぬ超高速─瞬間移動を前にシェーンの竜銘は尽くが回避されていき、その様を見てシェーンは苛立ちからか舌打ちをする。
「空間転移系、いえしかし…これは」
義経の振るう竜銘、その能力が空間転移というのは理解出来るが、それと同時に一つの疑問が生じる。何故義経は無事なのか、それがシェーンには分からない。空間全域が凍結しているのだ、仮に空間転移を繰り返したとしても、起点となる場所は既にシェーンの支配領域内。迸る竜気の影響で凌げていたとしても、それはいつか来る完全凍結を遅らせる程度でしかない。
「これがあれば、ボクはどこまでも行ける…!ありがとう、君が教えてくれたこの力で、ボクは彼と結ばれるんだ!!」
「貴女は、一体何を…、っ!?」
だが、それは一向に訪れない。蝕んでいるはずの冷気は無く、空間を駆け巡る鴉天狗は更に速度を増していく。そしてシェーンの命を刈り取らんと刃を走らせる。
先程まで頭上にいたはずの義経が姿を消し、次瞬シェーンの背後にて刀を横一閃に振るう。視界外からの攻撃をすんでのところで回避するシェーン。自身に走る直感を信じての行動は彼女の命脈を辛うじて繋ぎ止める。
「空に張り巡らせ─『氷縛蜘蛛ッ!!!』」
回避と同時に張り巡らせるのは氷の糸──最早視認出来る域を超えた細さを持つそれを、縦横無尽にシェーンの支配領域に展開していく。即席のトラップ、一度糸に触れれば最後脱出不可能な氷の牢獄を形成するそれを、あろうことか義経は何の躊躇いも無く正面突破を試みる。
無論、シェーンもそれで捕えられるとは微塵も思っていない。十重二十重に張り巡らせた致死のトラップを、自らを餌にして義経を釣り上げようとするある種の自爆攻撃。互いが攻撃を繰り出す、命を奪うという絶対の意志の下攻撃の撃鉄が下される、その刹那。
「オオオオォォォォォォォォォォォォ─────」
それは狼の遠吠えだった。天地の間に轟かせるように叫ぶ、その声が義経とシェーンの耳に届くと同時に2人の足元から複数の植物の根が出現し、絡め取っていく。
「「なっ!?」」
義経は空間転移を、シェーンは氷結による破砕を試みるもののそれは成し得なかった。互いの竜銘が無力化されているという事実に驚きを隠せず、必死にもがくしかなかった。
そんな2人を、捕縛することに成功した巨狼はやれやれと言わんばかりに呆れ果てるのだった。




