第14話 闇夜の要塞と異界者達
満天の星々と浮かぶ太陰が地表を照らす中、その土地と建造物は静寂に包まれていた。そしてそれは、生命が存在しない無明の闇が齎すものだった。
バシラウス要塞。それは帝国が連合との国境沿いに建造した最大級の要塞の一つだ。連合からの侵攻を帝国中央軍が来るまでの間食い止め続けることを目的としている為か、世界全体を見ても鉄壁の守りを誇る大城砦だ。元来なら昼夜を問わず人々が行き交い、その堅固な守護を続けている筈だった。
だが、そこで働く兵士の姿はなく、要塞を照らす篝火の多くは消えていたが、いくつかは未だ弱々しくも光り輝いていた。そんな輝きに照らされる複数の影がゆらゆらと揺らめいていた。
「本当、この世界って何なんですかね…」
僅かな光源しか無い暗闇の中、1人が口を開く。その人物は未だ少年の面影を残す黒い短髪の青年であり、纏う服装は画一的な印象を思わせるものであり、とかく特徴というものを持たない。肉をもそもそと不味そうに食べながら、周囲にいる影に疑問を呈すると、それにまた影が答える。
「さぁ?何なんですかねマジで、私のいる世界とは何もかもが異なってるんでなーんにも分かんないですわ。あーでも大気構成とか放射能とかは問題無いんで、生存には適してますよ、現にこうして生き物とか人間とかいるわけだし?」
そう答えた影は幼さを残す緩くウェーブのかかった金髪の少女だった。全身を覆うボディスーツに加え、元来この世界には存在し得ない|謎の技術により作られた道具《科学技術の粋を集められて作られた機械群》を纏っており、現地住民が見れば異形の怪物と見間違われる程だった。そんな彼女はカタカタと機械を動かし、周囲の環境を索敵していた。
「貴殿らには見慣れぬ光景なのだろうが、私にはとても懐かしい光景だな……あの時を思い出すよ」
そう答えた影は、率直に言えば女騎士だった。蒼銀の長髪に猫を思わせる長い肢体は、世が世なら多くの男性を虜にする魅惑的な女性だろう。だがその身体には動きやすさを重視しつつも急所はきちんと守る鎧を纏い、腰には装飾がいくつも拵えられた見事な細剣を腰に佩いてた。
「あー、やっぱりそういう世界から来てたんですね……」
「そういうの空想だけかと思ってましたよ」
そんな女騎士の言葉に、少年と少女は納得の表情を浮かべ、彼女の背後に視線を移す。
「…………」
そこに居たのは、巨大な狼だった。白銀の体毛を持つ獣はスウスウと小さく寝息を立てながら眠りについていた。だがそこに油断は無く、もしこの場に敵意を持つ何者かが近付けば即座に起き上がると、その場にいる者たち全員が理解していた。
「まあ、こんなデカい生き物が目の前に居て、実際生きてるなら信じもしますわ」
呆れたように眠る巨狼を観察する少女に、同意するかのように首肯する少年の姿を見てクスクスと笑う女騎士だった。そして、3人は徐にその視線を未だ語らない最後の影に向ける。そこに居たのは、蛮族と表現するしか方法の無いような青年だった。褐色の肌に無数の複雑な紋様で織りなされる刺青が施されており、頭には見たこともない異様な獣の毛皮を被っていた。そんな彼は自ら仕留め、そして切り分けた獣─巨熊獣の死骸の上でその肉を喰らっていた。だが、3人の視線に気付き同じように視線を返す。その風貌は正に王者、人の上に君臨することが義務付けられた絶対者だった。現に彼ら3人と1匹は彼の指示を以て、要塞を攻め落としたのだ。
「橘 翡翠、|BeL-127845963《ベル》、シェーン・フォン・アルハンドラ、名も無き獣」
男が口を開く。重々しく、同時に荒々しい自然をも駆け抜けれる力強さを持つ声だった。何より、よく響くそれはある種の威圧感と同時に安心感を抱かせるものだった。
「オレ達は何の因果か、我らの故郷を離れ見知らぬ土地に集った。そして、オレは生きねばならん。お前達はどうだ」
少年─橘 翡翠はその問いに首肯し、
少女─|BeL-127845963《ベル》はニヤリと笑みを浮かべ、
女性─シェーン・フォン・アルハンドラは目を閉じ、
獣は耳を軽く動かす。
それを確認した青年は更に言葉を続ける。
「故に、オレ達はこの場所を守り抜く」
「え、何で?」
青年の言葉に|ベル《BeL-127845963》は疑問を呈する。当然だろう、生きることとこの要塞を守ることは何ら紐付けられないからだ。そんな問いに青年は淡々と答える。
「オレ達はオレ達自身を知らん。故に知る者を探す必要がある。だがそれは無謀な狩猟と何ら変わらん」
「つまり、僕達のような人間を知る人がここに来るよう仕向ける…ってことですか?」
青年の言葉を要約した翡翠に対し、シェーンが言葉を続ける。
「しかし、我々のような特異な力を持つ人間が、そう簡単に来るとは思えないが…アルグは来ると思っているのか?」
青年─アルグは、獰猛な笑みを浮かべる。それは彼にとっては確信にも等しかった。理屈も理由も存在しない、だが野生の勘がそう叫ぶ。
「オレ達は訳の分からん連中に召喚された。見も知らぬ者同士が竜銘によって繋がれた……ならこの地にいる竜銘とも繋がりが出来るだろう」
アルグの確信を未だ信じきれない3人だったが、しかし乗るしか方法は無い。それ以外の選択肢を歩むことは、死に直結すると考えたからだ。訳の分からない力を振るう存在を、人々は排斥するということをよく知っている。
「そうだな、待つとしよう」
「待つの暇だなぁ…この要塞改造して良い?超電磁砲大量に作って良い?」
「やめてください何に使うんですか…!」
アルグ、翡翠、ベル、シェーン、巨狼は闇夜に佇む要塞の中で憩いのひとときを過ごすのだった。次に太陽が昇る時、待ち望む者達が現れると知らずに。
「此処が、その要塞か」
「でっか、あんなの作れるとかこの世界の人やるね……攻め落としがいがある」
「な、なぁ…本隊に戻らないか…?要塞を数人で攻め落とすような化け物だぞ…?」




