第12話 死闘の果てに
「いやー、話せば分かるとボクは確信していたよ!良いこと言うねぇ!!」
「いやもう姐さんくらいっすよ!この天下無双の大男に並び立てるのなんて!私はもう御二方の足元でひれ伏させて頂きますんでへぇへぇ!」
目の前で繰り広げられている、お別科を使うアリシアとそれに機嫌をよくしている義経の2人を視界に納めたくないと、教経は全力で視線を外すのだった。
教経と義経の激闘がアリシアの発言で中断されてから半日が経過、既に日は落ちて空には満天の星空と朧げに浮かぶ太陰が浮かんでいた。そんな中、3人はボロボロの教会の中に避難し、そこで火を起こし佇んでいた。
アリシアがしこたま背嚢に入れてきた軍用保存食─主に塩漬けの肉や、硬いパンをもそもそと食べながら、義経がふと教経に問いかける。
「ところで何で教経はアリシアと一緒にここに来たの?」
「「あー…」」
その問いに教経とアリシアは同時に、何と答えるべきか…と迷ってしまう。当初の目的はこの場所に潜む鳥人の討伐だった。だが、2人は確信していた。この目の前で美味そうに塩漬け肉乗せパンを貪っている義経こそがウルベルトの言っていた鳥人なのだと──!!
だが、そうなると再度戦いになりかねないのは目に見えている。可能な限り、義経には目的を隠さなければならないとアイコンタクトでやり取りをする2人。
「その、はーぴーなる賊を退治しに来てな…」
「この辺りに潜んでいるらしくて、何か変わったこととか…」
そんな内心ヒヤヒヤしている2人の事を気にも止めず“ふーん”で済ます義経だったが、アリシアの問いにさらっととんでもないことを答える。
「変わったこと、かぁ…なんか良く分かんない人達が動く骨とか死体を蹴散らしてたのは見たかな。あ、でもその後その人達ボクにも喧嘩売って来たからボコボコにして食料とか色々奪ったくらいかな?」
“うん、やっぱりこいつか”
アルカイックスマイルを浮かべながら納得するアリシアと教経だった。だが次の瞬間、あ、と義経が気付いてしまう。
「つまりそのはーぴーの賊ってボクのことか。これが翼に見えちゃったのかな、うりうり」
そう言うと、義経は自分の装束の袖─闇夜を思わせるような漆黒の羽が幾重にも重なっており、傍からすれば鳥の翼を思わせる構造になっていた。それに加え、あのような素早い動きを前にすれば常人からすれば義経が鳥人だと勘違いされても無理はないだろう。
「てことは、2人はボクを討伐…殺しに来たって訳か」
腰に差した刀の柄に手を伸ばし、殺意を滲ませる。殺しに来たのだ、殺される覚悟くらいあるだろうと言わんばかりの威圧感に顔面蒼白になるアリシアだったが、教経は普段通りの様子で義経に語りかける。
「その予定だったが、それは目的がお前ではない状況だったからな。とは言えお前はこの手で殺してやりたいが」
「あ、やる?良いよ殺ろう殺ろう」
「ストップゥゥゥ!?!?」
一瞬で戦意を湧き上がらせ、即座に戦闘態勢に移った馬鹿2人をアリシアは全力で止めにかかり、再度落ち着いた状況に戻る。そして義経に対し、アリシアはボソボソと呟き始める。
「その、私には夢があって……それを叶えられる寸前まで行けたんだが、諸事情で夢が敗れそうになって…挽回の為にここに来たんだ……」
「ふんふん、なるほど…」
自信のないアリシアの言葉に耳を真摯に傾け、頷いての言葉は──。
「取り敢えずよく分かんない!けど、2人はボクの首が欲しいって訳だ。そしてボクは死ねない、死ぬなら教経と結婚して子供15人くらい産んで健やかに老いて殺し合って死にたい」
「結婚もせんしそんなに子供は作らん」
教経の冷静な突っ込みをスルーしつつ、義経はうーんうーんと考えに考え抜いて…結論を出す。
「よし、じゃあボクを捕まえてよ。それなら問題は無いでしょ?」
「「は?」」
捕縛─確かにそれはある意味有効な手段だろう。賊を捕らえ、然るべき裁判を行い罰を執行する。戦闘行為で殺害するよりも断然人道的と言える。だが命じられたのは討伐、つまり殺害だ。もし仮に捕らえてウルベルトの前に突き出したとしても、命令違反で試験に不合格…という可能性は捨てきれない。悶々と悩むアリシアだったが、教経もまた2人─特に義経に語る。
「俺に良い案が出来た。乗るなら自由に出来るし、俺と行動を共に出来るが…どうする?」
「乗ったァ!」
先程まで死闘を繰り広げていた2人とは思えない程、あれこれと意地の悪い笑みを浮かべながら作戦会議を行っていく。そんな2人を見て、アリシアは非常に…非常に嫌な予感しかしなかった。
「で、これは一体どういうことかな…アリシア・コットンフィールド……」
後日、要塞都市グヘカ中央の執務室で、ウルベルトは青筋を立て、怒りを込めながらも静かにアリシアに問いかけた。彼の目の前にはアリシアと教経、そしてロープでぐるぐる巻きにされた義経の姿があった。
「私はアルモス村の廃墟に潜む鳥人の賊を討伐せよ…そう命じた筈だよな?それが何故人間の女を捕縛してここに連れて来たのだ…っ!!」
「ええと、我々の調査の結果…鳥人ではやく、彼女による仕業だと判明しまして…」
一筋の汗を垂らしながら、アリシアはしどろもどろになりながらウルベルトに説明をするものの、彼の鋭い視線に耐え切れず目を逸らしてしまう。だが、そこに教経が助け舟を出す。
「彼女は元より命を獲るつもりはありませんでした。例え悪人であろうと、然るべき裁判を行い罪を清算するのが真に帝国軍人であると声高々に謳い、彼女とも戦うことなく言葉で争いを収めたのであります」
自信満々に答える教経の瞳は清廉潔白を示すかのように光り輝いていた。それを目の当たりにした人達は簡単に彼を信じるだろう、だがウルベルトはそれを詭弁だ嘘だと叫びたかった。アレをまともに信じれる程ウルベルトは人を信頼していない。取り分け異界者の言葉をすぐに受け入れる道理は無い。
「はい!ボ…私はアリシア様の寛容なる言葉に心打たれ、自ら出頭致しました!願わくば、彼女の下で働き己の罪を清算したいと思います!」
だからこそ、義経の発言もまた頭を抱える要因になる。というより、ウルベルトからすれば2人は何らかの理由で共謀していると考えざるを得ない。逆に真実である可能性もまた否定出来ない。何せあの場にいた者達はこの3人だけなのだ。ウルベルトは最後の希望を込めてアリシアに視線を移し、“事実か?”と問いかける。
「はい、事実です……」
その問いに答えるアリシアもまた、死んだ魚の目をしながらも答えるのだった。教会で2人に圧をかけられた以上、断ったら酷い目に遭うのは目に見えていた。それ故に部下とその宿敵の茶番に付き合わざるを得なかった。
「……良いだろう、事情は把握した……合否は後ほど送るからとっととこの部屋から立ち去れ……ッ」
そんなアリシアの返答に苛立ちを隠せないウルベルトは、溜め息を吐きながら3人に部屋を退出させるのだった。
「いやー、うまくいったね2人とも!」
「流石はアリシア、中々の演技だったぞ」
縛り上げていたロープを解きながらキャッキャと談合する教経と義経だったが、当のアリシアは“落ちたわこれ…ははは”と嘆くのだった。
後日、アリシアが鳥人を教会で調伏し、部下にしたという噂が立つことになり、更に涙目になるのだがそれはまた別のお話。




