三話
季節はすっかり変わり、冬になっていた。吉乃は少しずつではあるが、元気を取り戻していた。僕たちの仲は前よりかなり深くなったと感じてる。なんだか家族のような、そんな感情さえ芽生え始めていた。
このときからだ。僕は毎日熱を出すようになっていた。元から体は健康とは言い難かったが、こんなに熱が出るのはおかしいと自分でも感じ、病院へ行くことにした。「結核を患っていますね。それに、」医者がレントゲンを指した。「ここに黒い影があります。気になるので詳しく調べましょう。」不思議と冷静に受け入れられた。
検査入院が続き、次第に僕の体調も悪化して体力も次第になくなっていった。吉乃は目の前では明るく振る舞った。暗くならないように、精一杯の冗談で笑わせようとする健気さが、この時の僕の唯一の救いだった。「絶壁頭。」そう呼ぶと毎回怒ってくる姿が愛しかった。「また悪口言う!確かに私は絶壁だけど、これはお母さんのせいなんだから仕方ないでしょ。赤ちゃんの時抱っこしてもらえなかったのよきっと。」むすっとした表情で話すその姿がおかしくて、僕は笑ってしまった。僕たちはいつもこうしてふざけ合った。毎日病室に通ってくれる彼女に感謝していた。さすがに長期の入院は気が滅入る。「明日また来るね。絶対無理しないで。」帰り際、自分で気づいていないのか吉乃はいつも半泣きになっていた。不安にさせまいと耐えていたのだろう。「明日も来るから。」「ああ、ありがとう。見送れなくてごめんな。」彼女が帰った病室はやたらと静かだ。「ひまわりみたいだな。」空虚な病室でひとり呟く。吉乃はまるでひまわりみたいに辺りを明るく照らしてくれる。目を閉じながら眠りについた。
二週間後、僕の容態は急激に悪化した。意識が朦朧とするなか彼女の声が耳に入る。「お願いだから、お願いします、神様。お願いです連れて行かないで。」消え入るような声ですがる吉乃にゆっくりと目をやる。ひどく疲れた顔には涙が溢れていた。僕は悟った。今もうあの世にいくのだと。全身の力を込めて彼女を見つめた。「清鷹、清鷹!私を見てくれてるの?お願い答えてよ。」もう話す力は残っていなかった。一度だけ、彼女の姿を目に焼き付けたかった。ごめんな、悲しませて泣かせてしまった。最後に伝えたかったことは伝えられそうにない。「清鷹がいないと私はどうやって生きたらいいの。こんな、こんなの無理だよ。清鷹、」耳に酷く焼き付くその声を最後に僕は意識が途絶えた。
未練?そんなのあるに決まってる。
一生をかけて愛したい人に出逢えたのに。
暗闇に浮かんだ自分を上から見つめた。
そこはえらく静かな場所だった。
そして目が覚めると僕は見知らぬ庭にいたんだ。