24 竜王
「竜王国?何故…レイは人間なのに…」
ダンビュライト令嬢とグレスタン大公が驚いた顔をしていると言う事は、2人とも先代から引き継いでいないと言う事だ。それもそうか。グレスタンもダンビュライトも、正当な代替わりをした訳ではないのだから。正当な代替わりが行われていたなら、レイラーニもこんな事にはなっていなかっただろう。
「兎に角、ヘイスティングス。レイは連れて帰るから」
「まさか……レイは……」
ヘイスティングスもようやく気付いたようだが、もう遅い。もう二度と、お前の手に渡すような事はしない。
「残念だったね。私を閉じ込めて、知らず知らずのうちにレイも手に入れていたのに…それで、どんなお礼がご希望かな?」
「ふんっ…何を強気な事を言って……結界を破壊できただけで、蝕まれている状態で何ができると言うのだ?」
ニヤリとほくそ笑むヘイスティングスは、何も分かっていない。結界を破壊してここまで来たと言う事がどう言う事なのか───
「なんともおめでたい頭をしているんだね。状況把握もマトモにできない者が王とは……この国も、そろそろ代替えが必要なのかもしれないね。そもそも、竜王国に手を出した時から終わりは見えていただろうけど」
「竜王国に手を出した!?国王陛下、それは一体どう言う事ですか!?」
「我々はその様な事、何も聞いてませんぞ!」
「宰相も知っていたのか!?」
私の言葉に、この場に居るテイルザールの貴族達が一斉にヘイスティングスと宰相に詰め寄る。
「こんな大事な事を臣下に言っていなかったのかい?なら…私から説明してあげよう」
「何を────」
「ヘイスティングス、煩いよ?」
「───っ!」
軽く視線を向けると、グッと口を噤んだ。
「色々あって、少し弱った竜王に呪いを掛けて殺そうとした上、竜王の妃を殺したんだよ。それで、竜王国を操ろうとしたけど失敗して、取り敢えず呪いを掛けた竜王だけでも─とテイルザールに閉じ込めて、竜王が死ぬのを待っていたんだよ。更に、いざと言う時の為に行方不明になっていた竜王の娘を手に入れようと探していたようだけど」
妃が亡くなった後、竜王にとっての最大の弱点となるのは幼い娘─王女だ。
獣人は確かに強いが、竜人からすれば子供以下の存在だ。たとえ竜王が不在になったとしても、竜王国が獣人によって制圧されるなんて事は無い。特に、空を飛べる鳥族の獣人は竜人の恐ろしさを一番理解しているから、鳥族が国王のウィンスタン王国と竜王国は同盟関係を結んでいる。獣人国では唯一の国だ。その為、ウィンスタンの国王アーノルドも、密かに王女を探してくれていたようだ。
「呪いのせいで、竜王は記憶喪失になってしまっていたんだ。“薬師だ”と言う記憶しかなかった。大切な存在すら忘れてしまっていたんだ。そして、そのまま少しずつ呪いに蝕まれていき、朽ちて行くだけの存在になっていたんだよ。でも…その呪いも解けた」
「なっ!?」
そこで、ようやくヘイスティングスが理解した。ライオン獣人のヘイスティングスが、借りてきた猫のように震えている姿は滑稽で……愉快だ。
「私を殺し損ねて…残念だったね…ヘイスティングス。私はお前のような愚か者ではないから、きっちりお礼をさせてもらうから」
ーお前を殺し損ねるなんて事はしないー
「竜王である私に呪いを掛け、我が妃を殺した罪はきっちりと償ってもらうからね」
「竜王?貴方が竜王と言うなら……貴方が“大切なモノだ”と呼ぶレイは……」
恐る恐る声を出したのはヘイスティングスではなく、ダンビュライト令嬢だ。ふむ。礼儀知らずであっても、それなりに頭は働くようだ。
「レイは私の唯一の娘だ」
「「────っ!!??」」
「ダンビュライトやグレスタン大公、それに……テイルザール王妃と第一側妃には、色々お世話になったようだね?勿論、それらに関してもお礼はさせてもらうから」
「ひぃ──っ!」
「そんな!私は知らなくて─」
“知らなかった”では許されない。たとえ、それがレイラーニではなかったとしても、人に対してして良い事ではないのだから。
「ただ、ここに来賓客として来ている関係の無い者達まで巻き込むつもりはないから、関係の無い者は今すぐこのホールから出て行くと良い。少しでも関係している者は……今逃げたとしても、調べて見付けて……必ず報いを受けてもらう。だから、できれば無駄な事はしないでもらいたい」
ー何人たりとも逃さないー
「くっそ!だが、ここはテイルザールだ!竜王だからと、そこの竜人と2人だけで、その娘を抱えたままで我ら獣人の騎士達に勝ると!?ここでお前達を倒せば、竜王国は我ら獣人のモノだ!」
「「「「「うおぉぉぉーっ!」」」」」
ヘイスティングスの掛け声に、獣人の騎士等が雄叫びを上げ賛同する。テイルザール王国の獣人は、脳筋しかいないらしい。
何も関係の無い者達は慌ててホールから出て行き、それと入れ替わるように獣人の騎士達がホールへと雪崩込んで来た。
「流石の竜王も、これではもう動けないだろう?」
「ふっ……私には、虚勢を張る猫にしか見えないな」
「ネル──竜王陛下、煽らないで下さい。面倒臭くなりますから。それに、早くレイ様をゆっくり休ませてあげましょう」
「それはそうだね。サクッとやろうか」
「私達を馬鹿にするのもここまでだ!」
眉間に皺を寄せたまま、呆れた声を出すテオフィル。それにキレたのはヘイスティングス。
「馬鹿にしてない─とは言えないな。でも、誰が2人だけだと言った?否。2人だけでも十分なんだけどね……」
と言ったところで、タイミングよく
ドンッ───
と言う音と同時に、ホールの壁が一部崩れ落ちた。
「「何が───つ!!??」」
『竜王陛下、お久し振りです』
「あぁ、久し振りだね。早速来てくれてありがとう」
そこに現れたのは、月の光を浴びて白い鱗がキラキラと綺麗に輝く白竜だった。




