21 忘れていたモノ
*テオフィル=ユーリッシュ視点*
建国記念祭の夜会が行われている筈の時間に、後宮を取り締まっている女官長ユゲットがやって来た。
「ネル、国王陛下からの命です。“人間に合わせて避妊薬と媚薬を明日の夜迄に用意するように”と。お願いしますね」
ユゲットはそれだけ言うと、またすぐに家から出て行った。
「人間に合わせて…避妊薬と媚薬?」
それを意味するところは──
「ネル、どうしますか?」
「どうするもなにも、躊躇う事はもうない。レイ様に手を出す事は赦さない。明日迄にではなく、今すぐ動く。影や……しろ達にも伝えろ」
「承知しました。しろ達なら、すぐに来るでしょう」
何年もの間待ち続けていただろう。もう既に解放された事には気付いているだろうから、いつでも動けるようにもしている筈だ。
ただ、ネルも俺も、まだ何かが足りない、忘れてしまっている事があるようで……それだけが気掛かりだ。それでも、これ以上テイルザール国王ヘイスティングスの思い通りに動くなんて事をするつもりは無い。レイ様に手を出させるなど以ての外だ。
手を出そうものなら俺が────
想像しただけでも怒りでどうにかなりそうだ。
この3年見向きもせず、悪環境の中放ったらかしにしておいて、今更──
「テオフィル、その殺気を抑えろ。それだとすぐに気付かれてしまうから」
「あ、申し訳ありません」
「ふっ……あのテオフィルが……面白いモノが見られて、逆に私も落ち着く事ができたよ」
「面白いモノ…ですか?」
ーネルは、一体何を言っているのか?ー
「取り敢えず、この家から持って行かなければいけないものは何一つないけど、残して行くのも腹立たしいから、後で綺麗サッパリ消しておいてくれ。何一つ残る事のないように」
ネルが呟くと『お任せを』と声が響いた。
それから向かったのはレイ様の庭園だ。
「ダリアの花は上に。その他は消してしまって良い。ここにも、何も残す必要はない」
『承知しました』
この庭園は、レイ様が自身の魔法で創り出した水を与えていたせいか、ここに生っている物全てに浄化作用がある。その為、ここで育った薬草を使って作る薬はとても質の良い物ができるのだ。勿論、レイ様本人は全く気付いていない。何故レイ様が無能と呼ばれているのか不思議で仕方無いが、態々それを国王達に教えてやる義理もないから言うつもりはない。
ただ、ダリアだけはレイ様が大切にしている花だから、それだけは上に移す事にしたんだろう。
「それじゃあ、後宮を出て迎えに行こうか…」
「はい。後宮を出るのも久し振りですね。大丈夫ですか?」
「何の問題も無い。この程度なら片手でも余る位だから」
ネルが片手を振ると、ネルが言った通りに張られていた結界が簡単に音も立てずに消えた。
本来であれば、こんな結界に縛られるような存在ではなかったのだ。
そのまま庭園を通り過ぎ後宮へと来ると、普段よりも警備が薄くなっているようで、すんなり後宮に入る事ができた。この後宮に住んでいる王妃や側妃達全員が不在だからだろう。騎士が居たとしても、今のネルと俺であれば何の問題もないだろうけど。
多少のやりとりをしながら、ひっそりとした後宮の廊下を進み、国王の宮殿も通り過ぎ、本殿へと続く廊下へと突き進む。
「このまま会場迄行きますか?それとも…しろを待ちますか?」
「くろとあおが居るのだから、このまま行くよ」
「承知しました」
微笑んでいる筈のネルからは圧しか感じられない。本当に戻ったのか─と実感できるものだ。本当に、レイ様には感謝しかない。必ず、レイ様をここから救い出さなければ。
そう思いながら、本殿へと続く廊下を進んで行った。
「******」
「*********」
廊下の先で言い争うような声が聞こえて来た。何だ?と思いながら近付いて行くと、どうやらレイ様と男の声のようだった。
「ん───っ!」と言うくぐもった声がした後「もう無駄ですよ。後宮にさえ入れば誰の助けも来ませんからね?さあ諦めて─」
ーレイ様に何を!?ー
男のその言葉に一気に怒りが込み上げた。
「レイラーニ!」
「「───っ!!」」
誰かが、その名を呼んだ
どうして忘れていたのか
全てを思い出しただろうネルは、もう我慢する事はないだろう。今度こそ、大切なモノを護る為に躊躇う事もない。
「レイラーニ…………」
ネルはそう呟いた後、ゆっくりとレイ様が居る方へと近付いて行った。
❋今朝投稿分は、23話目の話だったので削除して投稿順を変更しています。すみまん!❋




