2 お食事会とお留守番
「私の可愛い妹に何を言ったのか、一言一句違える事なくもう一度、ここで私に言いなさい」
「それ…は………」
「言えないの?なら、お父様の前でなら言えるかしら?」
「ひぃ──っ!」
「すみませんでした!!」
「ごめんなさい!!」
そう言って、泣きながら走り去って行く3人の子達を睨みつけていたお姉様だけど、私に視線を向けて来る時には、いつもの優しいお姉様の顔をしていた。
「レイラーニ、あんな子達の言う事なんて気にしては駄目よ。治癒の力が無くたって、貴方はダンビュライト家の娘で、私の大好きな可愛い妹なんだからね!」
「お姉様…ありがとう。私もお姉様が…大好きです」
「はうっ!レイラーニが可愛い!!」
どんな辛い言葉を吐かれても、お姉様が抱きしめてくれれば心が晴れた。悲しい気持ちになっても、お父様とお母様が微笑んでくれれば幸せな気持ちになれた。
そして、お姉様が17歳になると、婚約者ができた。
「ジャレッド=クラウシス様。私の婚約者で、レイラーニの兄になる方よ」
「私はジャレッド、よろしくね。ようやく君に会えた。ローズがいつも君の事を自慢していたから、ずっと会いたかったんだ」
そう言って、お姉様もジャレッド様も嬉しそうに笑っていた。
ー私に自慢できる事なんて何一つないのにー
それでも、こんな私でも、相変わらずお姉様は優しいし、ジャレッド様も私を見下したりする事はなかった。ジャレッド様も、無能な私を助けてくれるようになった。
そのジャレッド様は、クラウシス伯爵家の次男で、ダンビュライト家はお姉様が当主を引き継ぐ事が決まっていた為、ジャレッド様が婿入りする事になる。2人が並んでいる姿はとても綺麗だ。お似合いの2人だ。お姉様の魔力には敵わないが、ジャレッド様もそれなりの魔力を持っているそうだ。
そんな2人が学校に通う事になり、お姉様達と一緒に過ごす時間が減ってまい、寂しいな─と思っていると「レイラーニとの時間が少なくなって寂しいわ!」と言って、夜に私の部屋へと時々やって来て、一緒に寝てくれたりした。
「今週末のディナーは楽しみね」
「私は緊張するわ」
今週末のディナーを楽しみにしているのはお姉様。私は正直に言うと……行きたくない。そのディナーは、この国の君主であるグレスタン大公に招待されたものだった。お姉様の婚約祝いのお食事会だ。
このグレスタン公国は、大陸にはない非常に純度の高い魔石がよく採れる為、その魔石を輸出する事により国が潤っている。潤っているが、その魔石を狙って過去には魔力持ちではない獣人族に攻め込まれた事もあった。それでも、グレスタン公国には優秀な結界師が居た為、その結界のお陰で他国からの侵入を防ぐ事ができていた。その上、先々代の竜王の病気をダンビュライトの祖先が治癒したそうで、それ以降、この国は竜王からの加護も受けていた為、獣人族もこの国に手を出して来ることはなかった。
そう言った経緯もあり、ダンビュライト家に祝い事があれば、君主自らも祝ってくれるのだ。
そんな立派な栄誉ある一族に生まれた能無しの私が、そのディナーに参加しても良いのか──勿論、そんな事を口にすれば、お姉様もお父様もお母様も怒るだろうから、絶対に口にはしない。何より、君主であるグレスタン大公も能無しの私にも優しいのだ。
少し憂鬱になりながらも迎えた週末。
「本当に大丈夫?」
「うん。私は大丈夫だから、皆は行って来て」
私の気持ちがある意味通じたのか、お食事会前日の夜から風邪をひいてしまったようで熱が出てしまった。そんな私を心配して、お母様だけでも家に残ると言ってくれたけど、招待してくれた相手が相手だけに「私は大丈夫だから」と笑顔で説得した。何とか説得ができた後「それじゃあ、メレーヌ、くれぐれもレイラーニの事を頼んだわよ」と、お母様は侍女長であるメレーヌに声を掛けてから部屋を出て行った。
「はぁ…どうして私が………」
「………」
お母様が部屋から出て行った後に、メレーヌがため息を吐く。
「大した熱でもありませんから、付き添いしなくても大丈夫ですよね?何かあればベルを鳴らして下さい」
「…分かりました」
普段、私が使用人達から何かされたり言われたりする事はない。寧ろ優しい。でも、それは、この邸内にお父様やお母様やお姉様が居る時だけだ。いつもニコニコ優しい侍女長も、お父様達が居なくなれば、あからさまに態度を変えるのだ。
ーそれは、私が無能だから仕方無いー
そう言う自覚があるから、その事を誰にも言えずにいた。そんな私をメレーヌが気に掛けてくれる筈もなく、ベルを鳴らさなければ食事すら持って来てはくれず、私は怠い体を起こす事もできずベッドの上で寝続ける事しかできなかった。
それから次に目を覚ましたのは、その日の夜中だった。昼間は晴れていたけど、雨が降っているようだった。
ーお腹…空いたな……ー
来てくれるかどうかは分からないけど、ベルを鳴らそうとベルに手を伸ばした時、私の部屋の寝室の扉がノックされる事なく、大きな音を立て開かれた。