19 夜会①
夜会では基本的に参加者達は自由だ。
始まりこそ国王王妃両陛下も、壇上のご立派な椅子に座っていたけど、今ではフロアに居る来賓客や国内の貴族達と会話を交わしている。9人の側妃様達も、それぞれ色んな人達と会話をしたりダンスをしたりしている。
「アルマ、これ美味しいね」
「レイ様、ジュースはいかがですか?」
そんな中、第10側妃の私はアルマと一緒に食事を堪能している。立食形式の軽食やデザートやドリンクが用意されていて、食べるのも飲むのも自由だ。魔法が掛けられているのだろう。温かい食事が温かさを保っていて美味しい。お肉も、普段口にする物よりも柔らかい。まぁ、3食食べられるだけでも有り難い事だけど。
「あの……失礼ですが、よろしいでしょうか?」
「っ!?はい?」
ーうおっ…話し掛けられるとは思わなかったー
声を掛けられて慌てて振り向くと、そこには獣人族の貴族の子息らしき人が居た。
何だろう?と身構えていたけど、挨拶から始まり、素直に10人目の側妃様が居た事を初めて知ったとか、どこから来たのかとか訊かれ、こちらも素直に3年前にグレスタン公国から来た人間族ですと答えた。予想外だったのは、私が人間だと分かっても態度が変わる事なく、笑顔のまま会話が続き、ある程度会話をすると「ありがとうございました。それでは失礼致します」と、最後迄礼儀正しく去って行った。
ーこんな私でも、ちゃんと対応してくれる人が居るのねー
ちょっぴり嬉しい気持ちになったまま、次は何を食べようかな─何て思っていたけど、それからも次々と色んな人達に声を掛けられる事になり、食事をする事ができなくなってしまった。
「疲れた……」
「お疲れ様です」
色んな人達と会話を続けて───疲れた私は逃げるようにしてアルマと一緒にバルコニーにやって来た。“疲れて少し休む時は侍女とバルコニーに”と、第九側妃ティスア様に教えてもらっていたのだ。
「こんなに喋ったの………何年ぶりかな?」
お姉様達が亡くなってから、こんなにも長く喋ったのは今日が初めてだ。喉が渇いて痛いくらいだ。
「一体何があったんだろう?やっぱり、こんな私でも側妃だから?」
「それもあると思いますけど、レイ様が可愛らしくて気になっているようです」
「可愛い!!??」
ーえ?何?獣人の人達は…可愛いの基準が低いの?それとも、意外と目が悪いの?ー
「それ、アルマの聞き間違いじゃない?あり得ないと思うよ?まぁ…嫌な感じの人は居なかったし、ドレスの色に関しても何も言われなかったから良かったけど」
「相変わらず自己評価が低過ぎですけど…そう言う事にしておきます」
それから、アルマが用意してくれたジュースを飲みながらバルコニーで少しの間ゆっくりと過ごした。
「レイ」
「………グレッタ……と、クラウシス様…いえ、今はダンビュライト様でしたね」
バルコニーからホールへと戻って来ると、グレッタに呼び止められた。
ー今は、王国の側妃である私の方が公国の一貴族のグレッタより身分は上なんだけどー
グレッタは私を“レイ”と呼び捨てにした上、挨拶もない。
「レイ様、お久し振りです。どうか……ジャレッドとお呼び下さい」
「…お久し振りです。ジャレッド様」
ジャレッド様は私に改めて挨拶をした後、私が身に着けているネックレスとピアスに気付いたのだろう、昔のように穏やかな笑顔を浮かべた。
「レイが元気そうで良かったわ。無能な貴方でも、獣達とは気が合ったようね」
相変わらず勝ち誇った顔でクスクスと嗤っている。そんなグレッタの小さな声にも反応している獣人が何人か居る事に、グレッタは全く気付いてはいない。アルマのように耳の良い獣人達だ。
「グレッタ。ここはグレスタン公国ではなく、テイルザール王国で、貴方は招待されただけの公爵令嬢でしかないの。だから、口には気を付けた方が良いわ」
「なっ………」
「グレッタ、レイ様はこの王国の側妃様だから。それに、周りも見ているから」
「………分かったわ…………兎に角……久し振りに会えて……嬉しいわ」
と、睨み付けるような視線を向けられて、「私も嬉しいわ」なんて事が言える筈がない。それに対して返事はせず、差し出されたドリンクだけ受け取った。受け取っただけで飲まないけど。
「レイ様、王妃様がお呼びです」
「分かりました。グレッタ、ジャレッド様、夜会を楽しんで下さい。私はこれで失礼します」
手にしていたグラスをアルマに渡して、私は、私を呼びに来た侍女と一緒に王妃様の元へと向かった。
王妃様の元へと行くと、そこには王妃様だけではなく、第一側妃スフィル様と貴族の男性らしき人が1人居た。
「レイ、そのドレスの色だけど、陛下も今回は特別に許して下さるそうよ。次からは、色に気を付けて作るようにしなさい。まぁ…次があればだけど…」
「…申し訳ありませんでした………」
私を咎めるのはスフィル様。その後ろで何食わぬ顔をしているのは王妃様。このドレスを準備したのが王妃様だと知っているくせに。
「さ、後は好きにしなさい。行って良いわよ」
パッパッとスフィル様に手を振られ、その場を後にしようとすれば「ご一緒してよろしいでしょうか?」と、一緒に居た男性に声を掛けられ、王妃様が「私の側近のガレオンよ。護衛代わりに連れて行きなさい」と言われれば断る事もできず、私はそのガレオンと一緒にその場を下がる事にした。