18 思惑とは違う流れ
建国記念祭当日の午前中は、城下町にある大聖堂で建国記念を祝い、これからの繁栄を祈る。それが終わると帰城し、来賓客と共に昼食をとる。ここ迄は、国王様と王妃様だけで10人の側妃は参加しない。10人の側妃が参加できるのは、夜に開かれるパーティーだけだ。そこに、私も側妃として初めてテイルザール王国の行事に参加する事になる。
参加したところで、他の煌びやかな側妃様達と比べたら─比べるのも烏滸がましい程の私なんて、誰の目にも留まることは無いだろう。ただ、ドレスにどんな反応があるのか─だけが未知数だけど。兎に角、今日の夜のパーティーさえ乗り切れば、また引き篭もり生活に戻れるから頑張るしかない。
ー目立たず騒がずひっそりとー
そう心の中で繰り返しながら、アルマと2人でパーティーへ参加する準備を進めた。
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「この夜会にはレイも参加するのよね?」
「この夜会には、10人の側妃様達が参加すると言っていたし、テイルザール国王もそう仰っていたから、レイも居るんじゃないかな」
「ふふっ…色持ちの無能な子は一体どんな扱いをされてるのか……会うのが楽しみだわ」
「………」
私─ジャレッド─の腕に手を絡めて微笑むグレッタは、傍から見れば美しい女性に見えるだろう。
ー何が“楽しみ”なのかー
友好の証として輿入れしたレイ。テイルザール国王の10人目の側妃となったにも関わらず、その存在を知る者は殆ど居ないようだった。テイルザールに来てから色んな貴族と話をする機会があり、そこで10人目の側妃の事を訊いてみても、「10人目?知りません」としか返事を得られなった。本当に輿入れしたのか?それとも、無能と言われた令嬢を送られた─と、その場で罰せられた?と思ってしまう程だった。
ーレイの姿を確認しなければー
少し不安になりながら、私はグレッタと一緒にテイルザール国王と側妃様達がやって来るのを待った。
「国王王妃両陛下、並びに側妃様方が入場されます」
その一声の後、ホールの大扉が開かれて、そこからテイルザール国王と王妃が並んで入場し、その少し後から第一側妃から順番に入場していき、第九側妃の入場でホールに居た者達が既に壇上に座っている国王に視線を向けようとした時、10人目の側妃が姿を現した。
そこで、ホールは一瞬のうちにざわめいた。
建国を祝う夜会だと言うのに、その見知らぬ10人目の側妃が着ていたのはダークグレーのドレスだった。祝いの夜会で着る色ではない。他の9人の側妃達は皆、白色を基調としたドレスを着ている為、余計に目立ってしまっている。
ただ──
そのダークグレーのドレスに、彼女のサラサラと揺れ動くアイスブルーの髪色がキラキラと輝き、より映えて見えた。そして、軽く伏せてはいるが、琥珀色の瞳は光を受けて飴色の様にキラキラと輝いている。それに、何と言っても……小柄で可愛らしい顔立ちをした、その10人目の側妃に、皆が注目せずにはいられなかった。
「あれは誰だ?」
「10人目の側妃様なのか?」
「今迄隠されていたのか?」
「何故?」
ざわめきが落ち着かないまま、側妃達全員が定位置に着いたのを確認すると、国王は夜会を始める宣言をし、それを合図に演奏が始まった。
この夜会で、色んな人に色んな予想外な事が起きてしまった。
*グレッタ*
「有り得ない……能無しのレイのくせに……あんな───っ!」
能無しのレイは、きっとあのまま誰からも必要とされず蔑まれながら生きて行く存在なんだと思っていた。10人目の側妃と言いながらその存在すら知られていなかったのに、今目の前に居るレイは、ドレスの色は有り得ないのに、そのドレスの色がレイ自身を引き立てている。ガリガリに痩せていたのに、今では小柄ながらもスレンダーな体型をしていて、獣人族特有の露出の多いドレスも着こなしていてる。
「能無しのレイが幸せになるなんて…絶対に許さない」
*テイルザール国王*
「あの色は、お前が用意したのか?」
「私は………」
王妃─ヴァレンティナ─が10番目にドレスを用意していたのを知っていた。10番目にドレスを贈った事もなければ、本人が買った事もなかったから丁度良いと思っていたが。
無能な人間族の側妃と言う名の人質を、公の場でこき下ろすつもりだったんだろう。
「愚かな事をしたな」
「──っ!」
アレを目にしたのは…輿入れした翌日だけだ。なんとも見窄らしい姿の人間だった。義務としての初夜を迎える気にもなれず、そのまま放っておく事にした。アレを相手にせずとも、私を満足させる者達が居るのだから。
あれからもうすぐ3年。
まさか、アレがここまで変化しているとは思わなかった。この後宮では居ない、可愛らしい容姿をしている。
「今日気付いて良かった」
獣人族でも人間族でも、それが王族であったとしても、白い結婚のまま3年経つと離婚が成立してしまう。
ーこれ程の可愛らしさがあれば、無能だとしても楽しめるだろう。他にやるのも勿体無いー
「マルソー、明日の夜、10番目に“渡る”と伝えろ」
「承知しました」
アルマは、ただただ自分の主であるレイを健康的に且つ、前向きになって欲しくて素直に献身的にレイのお世話をしていただけだった。
それが、結果的に元々可愛らしかったレイを、更に可愛らしくしてしまった。
レイは、ただただネルの嫌なモノを浄化したくて、毎日浄化の魔法を掛けたお茶を一緒に飲んでいただけだった。
それが、結果的に自身を内面から綺麗にしてしまい、健康的でありながら土いじりをしていても色白な肌になってしまっていた。
その結果──
ひっそり引き篭もり生活が、危ないものになってしまったと言う事に、この時のレイもアルマも気付いてはいなかった。