13 浄化
私に剣を向けて来たのはテオフィル=ユーリッシュさん。黒色の髪に瑠璃色の瞳をしている。ネルさん付きの護衛なんだそうだ。ネルさん、実は薬師としてはとても優秀なんだそうで、この後宮の奥の邸に住む事になる前、何度か拉致され掛けた事もあったらしい。そんな理由もあり、人の出入りが厳しい後宮の奥の邸を与えられ、護衛も付けられた─と。
テオフィルさんは、後宮内でも佩剣が許されていて、ネルさん優先の護衛をしているそうだ。
「獣人族には魔法を使える者は居ませんから、薬師はとても大切にされるんですよ」
「なるほど」
怪我をした時、水属性の魔力持ちが居れば、ある程度の怪我なら治す事ができる。だから、人間族では水属性の魔力持ちが薬師になっていたりもする。
「側妃様とは知らず剣を向けてしまい、すみませんでした」
「いえ…ユーリッシュさんは務めを果たしただけだし、私の存在が存在ですからね……」
輿入れも普通の馬車で来て、婚姻も書類だけで済ませてお披露目なんてものは一切なかった。しかも10人目で人間の側妃と言う名の人質だ。何一つおめでたい事なんてない。平民の人達は私の存在を知らないんじゃないだろうか?
「どうなるか分からないけど、この庭園位しか来る所がないから、ここにはよく来ると思うので、その時は…剣を向けないようにして下さい」
「……勿論です」
ユーリッシュ様は、眉間にギュッと皺を寄せながら返事をして、ネルさんはクスクスと笑っていた。
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「あら?何だか土臭い臭いがするわね」
「毎日せっせと土いじりをしてるそうよ」
「あぁ、人間族は臭いに疎いのね。自分が土臭いなんて気付いていないのよ」
側妃となってから1年が経った。
国王と会わないまま1年が経った。
そんな私の日課は、庭園での土いじりだ。私の庭園は後宮の最奥にある為、そこ迄行くのにどうしてもいくつかの側妃様の庭園を通らなければならない。そこに、たまに側妃様達が居たりすると、色々と言われたりするけど、気にしない。何か言われても反応しないと分かると、物理的な攻撃をして来る事もあるけど殆どの場合は「面白くないわね」みたいな顔をされるだけで終わるから楽なもんだなと思う。
「やっぱり、レイ様が淹れてくれる紅茶は美味しいですね」
「ありがとうございます」
私が淹れた紅茶を嬉しそうに飲んでくれるのは、薬師のネルさん。
庭園で庭いじりをしていると、ネルさんも一緒に庭いじりをするようになり、庭いじりをした後、一緒にお茶をするようになった。荒れ地も半年も経てば少しずつそれなりに見えるようになり、庭園の端の花壇でネルさんが薬草を植えたりもしている。
「水の魔法も、スムーズに使えるようになりましたね」
「はい!それは……本当に、ユーリッシュさんのお陰です!」
魔法についてちゃんと学んだ事はなかったけど、今迄でもそれなり水魔法は使えていた。ただ、水は創り出せるけど、そこからの応用はできなかった。うまく魔力をコントロールできなかったからだけど──
『レイ様の魔力が、体内で上手く循環できていないからですよ。何故か…右腕辺りで流れが途切れてますね』
と言ったのはユーリッシュさんだった。このユーリッシュさん、実は獣人と人間のハーフらしく、獣化はできず、弱いながらも水属性の魔力持ちだった。魔力は弱いものの、魔力に関しての知識は豊富で、水に関しては色んな魔法が使えるし、相手が同じ水属性であれば、その人の魔力の流れやレベルが分かるんだそうだ。そのお陰で、私の魔力の流れがおかしいと気付いて、流れをよくする為と、上手く扱えるようにと指導してもらう事になった。
「私はお手伝いをしているだけで、ここまで上手く扱えるようになったのは、レイ様の努力ですよ」
と、ニッコリ笑って───いない顔で私を褒めてくれるのはユーリッシュさん。ユーリッシュさんはいつも眉間に皺が寄っていて厳つい顔をしている。出会いが出会いだけに、怖くないと言えば嘘になるけど、優しい人だと思う。
兎に角、体内の魔力が上手く流れるようになったからか、何となく体が軽くなった気もする。
それともう一つ。水属性の魔力持ちが使える事ができる“浄化”の魔法が弱いながらも使えるようになり、その魔法を掛けた水から作る紅茶を飲むようになってから、ネルさんの胸の辺りにある嫌な感じが少しずつ薄くなってきている。そのせいか、出会った頃のネルさんは、少しぼんやりしていたけど、今は少ししっかり?落ち着いた感じになっている。嫌な感じのソレは病気なのか…何かは分からないけど、良くなっているのなら嬉しい限りだ。
「レイ様のお陰で、私もテオフィルも体が楽になって来ました」
と、ニッコリ微笑むのはネルさんだった。