11 洗礼
結局、後宮に入ってから10日経つけど、未だに挨拶の場を設けてくれる気配がない。お陰で部屋に篭りきりになり、同じ後宮に居ながら他の側妃様達と会うどころか見掛ける事も無い。
相変わらず、出される料理は冷たい。冷たいだけで必ず3食出されるから、ダンビュライト家で使用人として働いていた時よりはマシかもしれない。
「ある意味、今が一番平和かもしれませんね」
と言ったのはアルマ。その時は2人で笑っていたけど、それを身をもって知る日が来るとは─ある程度予想はしてました。
後宮入りしてから2週間。ようやく9人の側妃様達との挨拶の場が設けられ、後宮内にあるパーティーホールに招待された。
「私は第一側妃のスフィルよ」
「挨拶の場を設けていただき、ありがとうございます。グレスタン公国から参りました、レイと言います」
「知っているわ。ダンビュライト公爵家の令嬢でありながら、色持ちの無能なんですってね。そんな無能をヘイスティングス様の側妃に送って来るなんて…馬鹿にするのも甚だしいわね」
「私は第二側妃のニナよ。婚礼はしないと聞いたけれど、初夜は済んだの?」
「……いえ…………」
1週間前に婚姻届にサインをしたから、私はテイルザール国王の10番目の側妃にはなったけど、国王のお渡りは無い。このまま無い事を願っているけど。
「仕方無いわよね。こんな貧相な人間族のお子様で無能ときたら、相手にするだけ無駄だもの。お飾りどころかお荷物にしかならない側妃ね」
「私は第三側妃のトリーよ。今日から貴方もこの後宮内なら自由にしても良いけれど、身の丈の合った行動をするように。庭園に出るのも自由だけど、自分の庭園以外には許可無く立ち入る事はしないように」
それからも、第四側妃様から第九側妃様迄の挨拶と色々な口撃を受けた後、お茶会が始まった。
第四側妃フィーア様から「人間族の貴方の口に合えば良いのだけど」と言う一言から始まったお茶会。もう“何かがある”としか思えない。だからと言って、用意された物を何も食べない飲まないと言うのは無理だろう。流石に毒が仕込まれていると言う事はないだろうけど。
目の前にあるお菓子は、見た目グレスタンでよく見る物とあまり変わりがないし、9人の側妃様達もそれぞれに手を伸ばして食べている。なら、何かあるとすれば……飲み物だ。
ー死ぬ事はない…よね?ー
気付かれないように何度か深呼吸をしてから、目の前に置かれているティーカップに手を付けた。
「────ん゛………」
「レイ様、大丈夫ですか?」
「────じゃない…………グルグル…回ってる」
やっぱり、あの紅茶には何かが入っていたようで、飲んでから暫くすると視界が歪んで見えて、座っているのも辛くなり、「あらあら、人間族の貴女には、その紅茶は口に合わなかったようね」と、クスクス嗤う第五側妃アルバ様に追い出されるようにして自室へと戻って来た。
「多分、紅茶に“キャル”が入っていたんでしょうね」
「キャル………」
獣人族の国ではよく見掛ける木の実だ。それをすり潰して飲むと体力回復に繋がるそうで、獣人がよく口にする物だ。ただ、それは強靭な体を持つ獣人や竜人にとって体に良い物であって、人間にとっては、効能が強過ぎて体に負担が掛かり、目眩を起こしてしまう為、人間は滅多な事では口にはしないし、そこら辺にその木が生っている事も無い。
「ありがたい……洗礼だね…………」
「キャルに対しての薬はありませんから、水分を多目にとって薄めて行くしかありません。2、3日は辛いかもしれませんが……」
アルマが申し訳無さそうな顔をしている。
「それじゃあ…ある意味2、3日は平和って事ね…」
流石に寝込んでいる者に対して、何かして来る事はないだろう。
確かに、何かされる事はなかったけど、食事は相変わらず冷たいし、コッテリガッツリなメニューで、食べる事はできなかった。
そんな訳で、2、3日で落ち着くと思っていたけど、ベッドから起き上がれるようになるまで5日もかかってしまった。それから動けるようになったのは、更に3日経ってからだった。
そして、今日、ようやく私に充てがわれた庭園に案内してもらえる事になった。
色とりどりの花が咲き誇っていた庭園を通り過ぎ、辿り着いたのは後宮からかなり離れた奥にある庭園とは名ばかりの荒れ地だった。
「レイ様が使用しても良いのはこの一帯のみになります。この一帯だけは、誰の許可無く好きにしていただいて結構です」
侍女長はそれだけを言うと「お先に失礼します」と言って、私とアルマを置いて宮殿の方へと戻って行った。
「好きにしても良いと言われても…先ずは草抜きから?」
「─ですね……」
雑草しか生えていない。しかも、すぐそこに鬱蒼とした森?があって、日当たりも良くない。
ーそれでも、後宮でじっとしているよりはマシかもしれないー
そう思いながら、暫くの間、その荒れ地を眺めていた。