005 30秒目の合った人間を蠱惑する程度の力
「注意点、ですか」
「そうだ。魔族の成り立ちから話すと君も疲れるだろうし、端的に言おう」
すでにモニターへは数百行に及ぶデータが記録されていた。プログラミング言語を見ている気分になる。
「良いかい? サキュバスと人間のハーフはとても力持ちだ。君はその気になれば、この国のビル群を拳ひとつで壊せる。そして同時に、君は“チャーム”というヒトを蠱惑する力を持ってる。まあ要するに、恋愛チートみたいなものだ。この世のほとんどすべての者は、君の目を30秒ほど直視するだけで、熱狂的な愛情を抱いてしまうのさ」
それが故か、医者は定期的にキズナから目をそらしていた。“チャーム”にかからないためだろう。
「とはいえ、本物の淫魔のように悪意をもって色恋させようとは思わないだろう?」
「本物のサキュバスを見たことないですけど、まあそうだと思います」
「そこは人間の理性が悪意を取り押さえてると考えてくれ。淫魔は恐ろしい生き物だ。たった一匹で国ひとつが滅びかねないほどに」
「原因は分かるんですか? ぼく、誰かを恋愛的にも友情的にも好きになったことなんてない……ああ、いや、パーラさんとメントさんのことは友だちとして好きだけど」
「しかし、前世では誰かを好きになったことがないんだろう? 私はそこがトリガーになってると考える」医者は優しげな語気とは裏腹に露骨に目をそらし、「13歳といえば多感な時期だ。その大事な思春期をいじめで潰され、ついには自殺という形で殺されてしまった君は、それでも本質的に誰かに愛されたいという欲求があったはずだ」再び目を合わせてきた。
そこまで言った医者は、なにやら本を差し出してきた。英語だかフランス語だか分からない言語でなく、列記とした日本語の本であった。
「君と同じ日本という国から来たヒトたちがつくった、サキュバスの研究書だ。だいたいの情報は載ってるし、なによりイラストが多くて読みやすい、ぜひとも読んでくれ。今後に役立つはずだ」
「分かりました」
「よろしい。さて、顔色がだいぶ悪くなってきたな。まだこの世界の酸素に馴染めてないようだから、呼吸器を出しておく。今後の展望は役所や私と話し合おう」
「ありがとうございます」
キズナは一礼し、狭めの個室から出ていった。
彼、基、いまとなれば彼女になってしまったキズナは、誰にも聞こえないであろう声でぼやく。
「そりゃ、誰だって愛されたいさ。でも、“チャーム”で手にした愛情が本物だとも思えない」
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