002 そしてサキュバスになったことを知る
(異世界にもシートベルト着用義務はあるんだ)
フローラルな匂いが漂う軽自動車内では、さも当然のごとくカーナビもついていた。助手席のパーラと運転手のメントがシートベルトを着けたので、キズナもそれに従う。そして下をうつむき、できる限り気配を出さないようにする。
「ねえねえ、キズナちゃん!」
「なに?」
「こわっ! 語気めちゃ怖いよ、キズナちゃん!」
「ごめん」
「いや、悪意がないんなら良いよ! んでさぁ! ……なんだっけ?」
「パーラ、あれだろ。なんで21世紀から来たのに、サキュバスみたいなツノと翼と尻尾が生えてるのか知りたいんだろ?」
「え?」
豆鉄砲食らったような表情になった。メントは気にすることなく続ける。
「だけど、そういうのって検査しないと分かんねえらしいぞ?」
「あー、たしかに! まあ、あれだよ、キズナちゃん! 私も獣娘だし、この国じゃ尻尾と翼が生えてる子も珍しくないから大丈夫!!」
なんの話だかさっぱり分からない。サキュバスみたいなツノと翼と尻尾? キズナは男子であるはずだし、ましてや翼が背中かどこかに生えている、ついでに尻尾も生やしている自覚なんてない。ツノに至っては、そもそもどんな形なのかも分からない。
そのため、バックミラーで自身を視認しようと目を動かしたとき。
「シートベルト締めたよな? よし、行こう」
急加速が始まった。鏡を見ている余裕なんてないほどに。
その後、ふたりのガールズトークも頭に入ってこないまま、十数分で目的地にたどり着いてしまった。
「メントちゃん運転荒いよね~。高速道路でもないのに100キロ出したら駄目でしょ!」
「あたしが荒いんじゃない。ほかのヤツらが無駄に丁寧過ぎるのさ」
身体がグワングワンと地震のごとく揺れまくったキズナ。わずかな運転ですっかりグロッキーになっていた。
「ほら、キズナちゃんも車酔いしてそうだよ?」
「マジ? 悪かったな、キズナ。今度から気をつけるよ」
「う、うん……」
体感的に20分ほど前、車に轢かれたキズナは、こういう輩がいるから交通事故はなくならないのだろうな、と心の中で毒づくのだった。
パーラとメントいわく“市役所”の前。宮殿かよ、と喉元まで出そうになるほど立派な建物の前には、人工的な自然、街路樹が広がっている。そこにいる市民たちは、体操したりベンチにもたれて日向ぼっこしたり、あるいはプラカードを掲げてデモ活動を行ったりしている。
「すごいね。いろんな意味で」
「んー? なにが?」
「こんなデモ活動初めて見た。なんの抗議なのかは分かんないけど」
「政治的なものみたいだな。ま、良くあることさ」
両者とも気にせずデモ隊の隣を素通りしていくものだから、最前までグロッキーだったキズナも口をあんぐり開けるほかない。
とはいえ、現状このふたりしか頼れるヒトがいない。
だから恐る恐るデモ隊の隣を通ったとき。
「貴様ァ!! 淫魔だな!?」
突然怒鳴られた。そして男性の声に触発されたかのように、バンダナをマスク代わりにしている怖そうなヒトたちがキズナを取り囲む。
「淫魔はロスト・エンジェルスを堕落させた元凶のひとつ!! 罪人が我々の高等な抗議の邪魔をするなァ!!」
「そうだ! 失せろ、薄汚い化け物め!!」
「人間の言葉も話せないのか!? 腐りきったゴミ袋のような女だ──うぉッ!?」
そんな罵声たちは、一瞬で消え去った。黒い矢印のような現象が彼らに当たり、たったそれだけで、小規模な爆発を起こしたからである。
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