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第7話 冒険者さん、お侍の事情を聞く

「立てるか?」


戦闘中とは打って変わって、男は穏やかな雰囲気で声を掛けてくれた。


フランツは返事を返そうとしたが、頭をぶつけた影響か上手く舌が回らない。

しばらく何も言えずにモゴモゴと口を動かして、ようやく口を利くに至った。


「今はちょっと無理そうだけど、少し休めばなんとか……。それより助かったよ。君は命の恩人だ」


「…………。いや、構わん。こちらとしても面白い相手と戦えて満足だ」


何だろう、今の間は。

いぶかしげな表情をされてしまったが、特に気に触るようなことを言ったつもりはない。


不思議に思っていると、硬直から解けた仲間たちが急ぎ足で集まってきた。

バルトも相当くたびれており、背丈の近いマウリが肩を貸してやっている。


「助かったぞ、お若いの。もう駄目かと思ったわい」


「本当にありがとうございましたっ!何とお礼を言えばいいか……」


「すげぇなアンタ!巨人を一発だぜ!」


バルトとパメラが丁寧に頭を下げているのに対して、人懐っこいマウリは男の背中をバシバシと叩きながら話し掛けている。

あの戦闘を見た後でよくそんな気安い態度を取れるなと、フランツは内心戦々恐々とした気分だった。


パーティー全員が揃ったので改めて感謝の気持ちを伝え、動けないフランツを囲んで簡単に自己紹介をする。


男はクロスと名乗った。

クロスという名はこの国でもありふれた名前だが、彼の場合はこれが名字ファミリーネームに当たるそうだ。


ファラス王国において名字を持つことは王家と貴族だけに許された特権のため、一般人にはあまり馴染みがない。

周辺国の中には身分に関わらず名字を名乗る地域も存在するので驚きはしなかったが、この近辺では見かけない珍しい顔立ちということもあり、彼は国外からの旅人なのだろうとフランツは当たりをつけた。


下の名前も教えてくれたのだが、こちらは名字とは逆に難解極まる複雑な名で誰も正確に発音することが出来ず、何度も口に出して合っているかと尋ねる仲間たちに、彼は胡乱気な目で『クロスと呼んでくれて構わない』と言ってくれた。


「クロスさんが出てきてくれて助かりましたけど、急に現れたからビックリしました。いつから見てたんですか?」


「ふらんつが殴られる少し前からだな」


「俺は割と耳が利く方だけどよ、クロスの気配には全然気づかなかったぜ」


「儂は攻撃を防ぐのに必死でそれどころじゃなかったわい……」


そんなやり取りをしている内に、ようやく足の感覚が戻ってきた。

フランツはヨロヨロと立ち上がって調子を確かめるように何度か足踏みをすると、仲間たちの談笑を横目に巨人の死骸に歩み寄る。


当初の目的だった森狼は見つかっていないが、激しい戦闘で満身創痍な上、盾と鎧もボロボロだ。

前衛2人が負傷している状況を考えると、魔の森の中で野営するのは危険過ぎる。

今から引き返しても乗り合い馬車の最終便に間に合うかは微妙だが、せめて日が暮れるまでには森を抜けた先の草原へ辿り着きたい。


急いで撤収するため、早速ナイフを取り出して巨人の指の切断に取り掛かる。

馬鹿に硬い皮に四苦八苦していると、いつの間にかクロスが背後に立っていた。


「ふらんつ。貴様、何をしている?」


わずかだが声に怒気がこもっていることを感じ取り、フランツは自分の失態に気がついた。


……しまった。

気を利かせて雑務をこなしたつもりだったが、獲物を横取りしたと思われたか。


「す、すまない。戦闘ではほとんど役に立てなかったから、回収だけでも手伝おうと思ったんだ。もちろん、討伐報酬はクロスの全部取ぜんぶどりで構わないよ」


悪意は無かったと伝えたつもりだったが、クロスは依然として腑に落ちないという顔のままだ。


……剣の柄にかけられた右手が地味に怖い。


「何の話をしている?俺は何故お前が遺体ほとけの指をちぎろうとしているのかと訊いているのだ。"討伐報酬"とはどういう意味だ」


「…………? あぁ、そうか!クロスは冒険者じゃないのか!」


巨人との戦いで度肝を抜かれて忘れていたが、確かに彼は冒険者を知らないと言っていた。

討伐報酬という冒険者用語が伝わらないのも当然だ。


乗り合い馬車を完全に諦めたフランツは、仲間たちと一緒に腰を据えて彼と話すことにした。


クロスはやはり他国の人間なのだそうだ。

ニホンという国を旅していたところ、気がついたらこの森の中にたたずんでいたらしい。


広大な魔の森は確かにいくつかの国に跨っているが、ニホンという名の国は聞いたことが無い。

つまり、余程遠くの国からこの森に迷い込んだことになる。

当のクロスもファラス王国の名に聞き覚えは無いらしく、ここが王国最西端の辺境だと教えると酷く驚いた様子だった。


なんというか……豪快な迷子だな。


「街道の一つも見当たらなくてな。人里を探し歩いていたところだ。悪いが、近場の町まで道案内を頼めるか?」


「もちろんだよ。俺たちも街に戻るから、一緒に行こう」


「フランツとバルトがこんな状態ですし、こっちがお願いしたいくらいです!」


「助けてもらった礼としては足りんかも知れんがの」


クロスがいたニホンという国について話を聞いていると、更に衝撃的な事実が発覚した。

なんと、その国には魔物が存在しなかったと言うのだ。


これには全員が思わず腰を浮かせるほど驚愕した。

魔物とは人類にとって不倶戴天ふぐたいてんの天敵だ。

世界中のどんな場所であっても魔物の脅威は変わらないと思っていた。


「そんな国があるなんて……」


「魔物のいない国か。想像したこともなかったが……まるで楽園じゃの」


「そんな国に暮らしてたなら、冒険者を知らないのも当然ですね……」


「待てよ、じゃあ巨人の正体も知らずに戦ってたのか?」


「あれも魔物なのか。お前が"化け物"と言うから、物怪もののけの一種だとばかり思っていた」


クロスの国では敵対した相手であってもその遺体をもてあそぶことは禁忌とされているらしく、巨人が人間ではないと理解はしていたが、フランツが面白半分で遺体を傷付けていると思い不快に感じたそうだ。

冒険者ギルドから報酬を受け取るために魔物の討伐証明を提出する必要があることを説明すると『首級しゅきゅう耳削みみそぎと同じことか』と、よく分からないがすんなり納得してくれた。


「討伐証明は魔物によって部位が違うんだ。巨人は右手の親指、小鬼や森狼は右耳という風にね」


「では報酬とは、その魔物を倒したことに対する褒美か」


「褒美とは違うな。俺たちゃ別に冒険者ギルドに仕えてる訳じゃねえし。……どう説明すりゃいいんだ?」


「例えば村で畑が魔物に荒らされて困った時に、自分たちでは退治出来ない村人が依頼金を払って冒険者ギルドに討伐依頼を出すんですよ。私たち冒険者はその依頼を受けて魔物を狩ることで討伐報酬を貰うんです。だから、ご褒美というよりは対価に近いですね。……まぁ、元の依頼金から仲介手数料としてギルドが何割か持っていくんですけど」


「なるほど、確かに奉公人ほうこうにんとは少し違うな。依頼を受けて戦い、その対価として知行ちぎょうを受け取るのか。忍や傭兵の仕事に近い」


「"忍"は知らんが、仕組みとしては傭兵と同じじゃの。違うのは、基本的に傭兵は人間と、冒険者は魔物と戦うっちゅうところじゃ。それに儂らは戦闘以外の依頼も受けるぞ。薬草や鉱物の採取依頼から人探し、手紙の配達、下水道の掃除や老婦人の荷物持ちなんかもある。傭兵どもは冒険者を"便利屋"などと呼びおるが、戦争屋と違って退屈せんわい」


三つ編みにされた立派な白髭を揺らしてバルトが豪快に笑う。


万事屋よろずやか……。なかなか大変そうな仕事だ。ではお前たちは今回、巨人の討伐依頼で森にいたのか?」


「俺たちは森狼の討伐依頼を受けて来たんだ。巨人と会ったのはただの不運だよ」


「依頼ではないのか。それでは巨人との戦いは骨折り損だな」


「いや、実はそうでもねえんだ。依頼を受けてなくても、危険な魔物を討伐するとギルドから特別報酬が出ることがあるんだよ。今回の巨人は間違いなく"危険な魔物"だ。そこそこの金になると思うぜ。それに、巨人の皮と魔石は高値で売れるって聞いたことがあるんだが……」


マウリは複雑そうな顔で息絶えた巨人に目を向ける。

その視線は先程までフランツが切断しようと必死になっていた右親指に向けられているが、解体用のナイフをのこぎりのように使ってもなお半ばまでしか切れていない。


「剣もナイフも通らない怪物の皮をどうやって剥ぐんだって話ですよね……。もったいないですけど、素材の回収は諦めるしかありませんね」


魔銀ミスリルのナイフでもあれば剥ぎ取れるのだろうが、貧乏パーティーのフランツたちはそんな高価なものは当然持っていない。

クロスの剣は巨人を切り裂いたが、あれは恐らく相当な高級品だ。

もし総魔銀製であれば、金貨どころか白金貨が必要になるかも知れない。

皮を剥ぐのに貸してくれとは口が裂けても言えなかった。


フランツたちが残念そうにしていると、クロスはおもむろに立ち上がり懐から美しい装いのナイフを取り出した。

つかつかと巨人の死骸に歩み寄り、腕に向けて軽く振る。


「えっ?」


「マジかよ!」


「こりゃあ凄い」


近づいてみれば、巨人の腕の皮はすっぱりと綺麗に切れていた。


「この短刀であれば皮も剥げそうだが……俺は上手く出来る自信がない。どうだろう、もし代わりに剥いでくれるのなら、町までの案内料として売った金は折半せっぱんで構わんのだが」


「「「「お願いします!!」」」」


フランツたちは満面の笑みでその提案を承諾した。

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