第44話 お侍さん、連想する
高まった期待は失望に変わり、深い失望は爆発的な殺意へと変わる。
「く、くそっ!何だよこいつ!」
「弓の連中はどうなった!?殺られたのか!?」
花火問屋の火事のような混戦にも関わらず、憎悪によって勢いを増した剣閃は一瞬の淀みもなく敵の身体を通り抜けてゆく。
「つ、強えぞ!取り囲んで潰せッ!」
「ダメだ……!速すぎ────ぐァあッ!!」
乱れ髪に土を────全身に血を浴びて、黒須は八つ当たりでもするように斬りまわった。
一太刀、また一太刀。
刃先が鎧を、服を通過し皮膚に刺さる。
肉に食い込み、骨を削るのが感触として腕に伝わってきた。
断末魔が上がり鮮血の臭いが鼻を刺激するが、毛ほども気にせず若木を切り倒すが如く淡々と敵を片付ける。
もう、憎むべき野盗と赤い血しか、何ものも見えなかった。
人影と見れば斬り、息遣いを感じれば眼も向けず剣を振る。
高みに上らされ、散々弄ばれ、挙句の果てに奈落の底に突き落とされたような感覚。
フランツたちから散々注意され、出立の直前まで暴走するなと口を酸っぱくして言われていたが、それでも心底腹が立っていた。
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短い同行の間に、黒須はラウルの所作から百戦錬磨の風格を、その発言から主を想う強い決意を感じ取り、少しずつ敬意を持ち始めていた。
"武士の三忘"
主君の身を至上の玉体として扱い、発せられる言葉を金科玉条として行動する、打算や損得を超越した滅私奉公の精神。
レナルドに対するラウルの態度は正に忠臣と呼ぶに相応しく、賞賛したいほど見事な家来振りだった。
騎士見習いと名乗った2人も胸がすくような若武者だ。
力不足に頭を悩ませ経験不足を恥じ入る姿は、見ていて思わず助言をしたくなるような初々しさがある。
青さ故の苦悩や葛藤は若人なら誰しも必ず通る道、年長者からすれば随分と愛らしく思えるものだ。
ラウルの元で一心不乱に励んでいれば、いずれこの蕾も立派な武芸者として花咲くことだろう。
仲間たちから聞いていた前評判の通りだ。
どうやら"騎士"という身分は武士と共通する部分も多く、彼らと言葉を交わす度に懐かしさのようなものが言いようもなくこみ上げてくる。
黒須家に仕える御家人どもは気性が荒く獰猛な者ばかりだったため、他家の家来を身近で見られるのは大変新鮮な気分だ。
そんな彼らが忠誠を捧げるのならば、このレナルドという優男にも人知れない魅力があるに違いないと、そう思っていた。
しかし────土壇場でこそ人の本性というものは露わになるものだ。
「アクセルに2人相手は荷が重いよ。役に立たないかも知れないけど……僕も南西に行く」
「それだけは絶対になりません!我らはレナルド様を守るための騎士であります。この命ある限り、主に剣を握らせることなど許容出来ません」
侃侃諤諤議論する2人の様子を黒須は冷め切った眼で見つめていた。
いざ会敵してみれば、彼らは一向に戦おうとはせず『命に代えても守る』『僕のために死ぬな』などと、やけに芝居がかったやり取りを始めたのだ。
"腰抜武士の後思案"
各々の申すことは尤もだが、延引するのも時と場合による。
今は火急の時だ。分からぬ将来を心配するより、まず目前のことをするのが常道のはず。
一体いつまで下らない議論を続けるつもりなのか。
黒須の眼識で見れば、敵はラウル一人でも楽に殲滅可能な相手だ。
彼らのやり取りはまるで熊が蟻を相手に命を懸けて戦うなどと大言壮言を吐いているに等しく、酷く滑稽に感じられた。
それでも、仲間たちから騎士の指示には必ず従えときつく言い付けられていたため、大人しく会話を見守り指示を待つ。
だが……考えれば考えるほど何かがおかしい。
ラウルの力量であれば、この程度の敵に臆するはずもない。
三方を囲まれているとは言え、この場には自分や見習いたちも居るのだ。戦いを躊躇する理由が分からない。
もしフランツがこの場を仕切っていれば、即座に戦闘の判断を下しているだろう。
────時間稼ぎ?何かを待っているのか?
そう考えた黒須はあることを思い出し、無言のまま連想を始めた。
傭兵ギルドで、サリアは黒須のことを責任者に伝えておくと言っていた。
この場の護衛責任者はラウルだ。
つまり、ラウルは自分について何かしらの情報を聞かされている。
ラウルが知っているのならレナルドも同様だろう。
そして、サリアは恐らく黒須のことを良くは思っていないはずだ。
では…………奴は自分のことを何と伝えた?
黒須にその自覚は無いが、仲間からは凶暴・戦闘狂・好戦的などと言われることがある。
そういった評価を伝えていたのだとすれば────
此奴等…………俺がどう動くのかを見ているのか?
好戦的かどうかを判断するのなら、敵を前にしてどれだけ我慢出来るかを見るだろう。
飼い犬に芸を仕込むように、餌をチラつかせて"待て"をさせるのだ。
つまり、俺がどれだけ戦わずにいられるかを観察しているのか。
黒須はラウルかレナルド、もしくは両者が、自分を試しているのだという考えに至った。
巫山戯た真似をしてくれる…………!
腹の底に湧いた怒りが、ふつふつと音を立てて膨らみ始める。
ここまでの道中、魔物相手に何度も戦い、こちらの実力は十分に示したはずだ。
依頼人として護衛の力量に疑問を覚えるのは理解出来るが、自分の性質まで試される謂れは無い。
ましてやピナという非戦闘員がいる状況でそんな愚行に及ぶとは、騎士とは所詮そんなものだったのか。
傭兵の時と同じで、誇りも矜恃も何も無く、ただ戦うだけの粗忽者か。
「割り込んですまんが、質問してもいいか?」
溢れ出る憤懣を極力抑え、黒須は精一杯丁寧な口調で会話を遮った。




