第39話 お侍さん、騎士に出逢う
護衛依頼に出発する日の朝。
黒須は指定されていた南門の前で依頼人を待っていた。
「今から来るのは貴族だぞ。お前は人見知りだろうに。もういいから無理をせず拠点に帰れ」
「ダメですっ!クロスさんが無茶をしないように私から騎士様にお話しするんです!」
朝食を食べ、皆に挨拶をしてから拠点を出た。
歩き出してすぐに後を尾けられていることに気が付き、慌てて逃げようとしたパメラを捕獲したのだが────何を言っても頑なに帰ろうとせず、結局、南門まで一緒についてきてしまったのだ。
「……お前、どの道また話せなくなるぞ」
「そんなことないですっ!お貴族様に失礼があってはいけませんからね!」
鼻息も荒く興奮しているが、彼女は初対面の相手には挨拶すら出来ない極度の人見知り。人混みも苦手で、いつもバルトの背に張り付いているほどだ。
説得を続けていると、大通りの奥から2頭立ての立派な馬車がこちらに向かって来た。家紋らしき紋様が施された馬車の周囲には騎兵が随行している。
恐らくあれが依頼人だろう。
予想通り集団は南門の手前で停止し、一人の騎兵が下馬してこちらに歩み寄って来た。頭から脚先まで全身を覆う真っ白な甲冑に剣を吊し、手には槍を持っている。
「…………………」
大鎧を着て歩いているのにガシャガシャと音がしない。甲冑の裏側、接合部に布を張って音を消している証拠だ。
十文字槍を逆手に握り敵意が無いことを示しているが、これもまた随分と手慣れた様子。
"似非侍の刀弄り"
実力の乏しい者ほど外見を取り繕うために大袈裟な装備を身に着けるものだが……この者に限っては飾りではないな。
明らかな歴戦の雰囲気。
歩く姿だけを見ても練度の高さが窺える大柄な"騎士"だ。
「失礼、もしや貴殿が傭兵ギルドから依頼を受けてくれた傭兵の方であろうか?」
「ああ、Cランク傭兵のクロスだ」
「おお、やはりそうであったか!ご婦人がおられたので人違いかと思ってしまった。……おっと、失敬。我が名はラウル・バレステロス、アンギラ辺境伯家に忠誠を捧げる騎士である。クロス殿、此度の窮地に依頼を受けてくれたこと、心から感謝する」
ラウルは兜を外して脇に抱えると、敢えてガシャリと甲冑を鳴らしながら胸に手を当て礼をして見せた。
後ろに撫でつけた灰色にも見える白髪と白髭を清潔に整え、意志の強そうな目には笑みを浮かべている。
年齢は50代の中ほどだろうか、全体的に誠実そうな印象の男だ。
「私は今回の視察における護衛責任者の任を拝命している。早速だが、仲間たちの紹介と護衛計画の説明をしよう」
黒須の会釈を返礼と理解したラウルが集団へ戻ろうと踵を返すと、それまで背中にくっついて隠れていたパメラが声を上げた。
「あっ、あのっ!」
「おや、どうなされたお嬢さん」
「えっと、その……私はパメラですっ!あのっ、クロスさんは喧嘩っぱやくて凶暴な所はありますけど、い、良い人です!ど、どうか、よろしくお願いしますっ!」
「おお、これはこれはご丁寧に。奥方様であられたか。ご安心ください、我らも騎士として彼と共に戦い、互いを助け合うと誓いましょう」
「えっ!?お、奥方様?いえ、あの────」
「ラウル殿。これは俺の妻ではなく、冒険者パーティーの仲間だ。すまない、何故かここまでついて来てしまった」
「そうであったか。パメラ嬢、思い違いをお詫びする。クロス殿は冒険者もされていると聞いていたが……わざわざ見送りに出向かれるとは、実に良い仲間をお持ちのようだ」
「ああ、得難い友だ」
顔を真っ赤にして固まってしまったパメラをどうにか拠点に帰らせた後、他の2名の紹介を受ける。
「自分はアンギラ辺境伯家、私設騎士団所属、騎士見習いのアクセルであります!」
「お、同じく、騎士見習いのオーリックでありますっ!」
鈍色の揃いの甲冑に身を包み、剣のみを携えた若者の顔には緊張の色が見える。
黒須も彼らに名乗り返し、次に護衛対象である貴族に挨拶をするように頼まれた。ラウルが声を掛けると御者をしていた獣人女性が馬車の扉を開き、中から豪華な衣装を着た青年が姿を現す。
「アンギラ辺境伯家の第3子、レナルド・アンギラです。こっちは僕の世話をしてくれているメイドのピナ。急な依頼に応じていただきありがとうございます。道中の護衛、よろしくお願いします」
レナルドは整った顔立ちに長い金髪の、線の細い青年だった。年齢は20代の前半と言った所だろうか、貴族の子弟にしてはやけに腰が低く、覇気も無い。この国の貴族について教えられていた黒須はそんなものかと一人納得し、フランツたちと一緒に考えた口上を短く口にする。
「お初にお目に掛かります。Cランク傭兵のクロスと申します。以後、お見知り置きを」
立ったまま挨拶をした傭兵にピナと呼ばれたメイドが目を釣り上げるが、レナルドはそれを手で制す。
黒須はフランツたちから跪いて挨拶をするように言われていたが、断固として了承しなかった。
本来は自分が仕えてもいない貴族に敬語を使うことさえ嫌だったが、あまりにも皆が必死に頼むので仕方無く受け入れたのだ。
「それでは我らは護衛計画について話し合いますので、レナルド様は今しばらくお待ちください」
ラウルがそう言うと、レナルドはピナを伴って馬車の中に戻って行った。
「さて、クロス殿。最初に確認しておきたいのだが、貴殿は乗馬は可能であろうか?」
「ああ、馬術はそれなりに嗜んでいる。騎乗戦闘、騎射も問題無い」
「……騎射とはもしや、馬上から矢を射るという意味であるか?」
「そうだが?」
「ふむ……。どうやら聞きしに優る凄腕のようだ。いや、重畳。では、あちらに馬を用意したので使ってくれ」
ラウルが指差した先には一頭の黒馬がいた。
黒須の乗り慣れている馬よりも一回り大きく、装備されている馬具も日本の物とは若干異なるようだが、馬は馬だ、支障は無いだろう。
「隊列であるが、基本は私が先導し、左右を見習いの2名が守る。貴殿には殿を任せたい。地形によっては適宜変更することもあるので、そのつもりでいてくれ」
「承知した。想定される敵はどんなものだ?」
「ナバルまでの道中は主に山沿いの荒地が続く。魔の森ほどではないが、魔物の襲撃は避けられんだろう。それに、あの辺りには盗賊も出ると聞く」
「野盗は殺してしまっても問題無いだろうか?」
「構わん。この馬車を襲う者は誰であろうと許しはしない」
話し合いを終え、出発の準備を整える。
久しぶりの乗馬だったが、黒馬はよく訓練されているようでこちらの意のままに動いてくれた。馬上からの高い風景を楽しみつつ、装備されている馬具の調子を確かめておく。
「出立!!」
ラウルの号令で全体が進み始める。
通常は街を出る際に門兵による審査を受ける必要があるが、事前に話が通っていたのだろう、兵士たちはただ敬礼をして馬車を見送った。




